第18話 食事中の会話 ― 「含蓄に富む」ひとこと
ワインを口にしてからしばらくの間、玲奈は香りや舌触りを確かめるように、小さく口をすぼめたり、少し首をかしげたりしていた。僕はその様子を眺めながら、グラスの底で赤がゆっくりと揺れるのを見ていた。
「さっきから、どうしてそんなにじっと見てるの?」玲奈が少し笑いながら聞く。
「観測してるんだよ。ワインの変化と、君の表情の変化を」
「じゃあ、私は実験材料ってわけね?」
「そんな大げさな。でも、今夜は君が自分からワインを飲もうと思った。それは観測者として見逃せない瞬間だ」
彼女は肩をすくめ、フォークで前菜のパテを切った。
「あなたって、やっぱり含蓄に富むことをさらっと言うのね」
「それは褒め言葉として受け取っておく」
「そうしてちょうだい」
パンにパテをのせ、ワインを一口含む。玲奈は目を細め、舌の上で味を転がした。
「……面白い。最初よりも甘く感じる」
「空気と触れ合って香りが開いたんだ。恋愛も同じで、時間をかけると違う側面が見えてくる」
「じゃあ、急ぎすぎると?」
「香りが閉じたままで終わるかもしれない」
店内では他のテーブルの笑い声や食器の触れ合う音が柔らかく響き、キャンドルの炎が皿やグラスの縁で反射している。
「器って、やっぱり大事なのね」玲奈が皿を指先で軽くなぞった。
「大事だよ。料理やワインを受け止めるだけじゃなく、味わう人の心持ちまで変える」
「関係性もそうかしら。器が変われば、中に注がれる感情も変わる?」
「それも含蓄に富むな」
メインの仔羊のローストが運ばれてきた。ナイフを入れると、肉汁が皿の上のソースと混ざり、深い香りが立ち上る。玲奈はひと口食べ、ワインで流し込んだ。
「……この組み合わせ、完璧」
「だろう? 互いを引き立て合うペアリングは、足し算じゃなく掛け算になる」
「人間関係もそうね。お互いが補い合うと、単なる和よりも大きくなる」
少しの沈黙が流れ、僕たちはそれぞれの皿に向き合った。窓の外を見れば、神楽坂の坂道を人が行き交い、冬の夜気がゆるやかに流れていた。
「あなたといると、料理やワインの話から、必ず恋愛の話になるのね」
「それは職業病かもしれない」
「でも嫌いじゃないわ。むしろ、その方が自然」
デザートのクレームブリュレが出され、スプーンで表面を割ると、焦げた砂糖の香ばしい匂いが広がった。玲奈はひと口食べて、またワインを口にした。
「甘いものとワインって、こんなに合うのね」
「意外とね。相反するようで、調和する」
「あなたと私も、そうだといいわ」
その言葉は冗談めかしていたが、目の奥には静かな真剣さが宿っていた。僕は軽くグラスを上げ、同じ温度で頷いた。
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