第3話 東京で玲奈とカフェランチ

 冬の東京は、晴れていても空気が硬い。

 丸の内の大通りを抜け、一本奥に入ったところにある小さなカフェ。その外観は古い洋館を改装したもので、白い漆喰の壁と木枠の窓が控えめな存在感を放っている。ドアベルが軽く鳴ると、カウンターの奥から温かなコーヒーの香りが漂ってきた。

 店内は午後のランチを終えたばかりで、数組の客が残っているだけだ。スーツ姿の男性二人が低い声で打ち合わせをし、窓際では年配の女性が文庫本を開いている。奥の席に座った僕の向かいには、すでに玲奈が来ていて、紅茶のカップを両手で包み込んでいた。

 彼女はグレーのニットに淡いベージュのスカートという落ち着いた装いで、その色合いはカフェの木製テーブルとよく馴染んでいる。

「この店、いい雰囲気ね」玲奈がカップの縁に指を添えながら言う。

「昼間は静かでいい。夜は少し賑やかになるけど」

 僕は注文したクロックムッシュが運ばれてくるのを待ちながら、外の街路樹を眺めた。冷たい風に枝が揺れ、その合間をマフラーで顔を覆った人たちが早足で通り過ぎていく。

「この前の話、考えてみたの」

「どの話?」

「恋愛と光速の話よ」玲奈はストローを軽く回し、琥珀色の液体に小さな渦を作った。「恋愛の速度は一定かもしれない。でも、時間の流れは人によって違うんじゃないかって」

「特殊相対性理論の時間の遅れみたいに?」

「そう。誰かと一緒にいると、時間が遅く感じることってあるでしょう?」

「ある。君といる時は、そう感じる」

 玲奈は少しだけ視線を落とし、口元に柔らかな笑みを浮かべた。その笑みは、店内の照明よりも暖かく感じられた。

「私にとってのあなたも、そうかもしれないわ」

「それは嬉しいな」

 ウェイトレスが僕の皿を置き、香ばしいチーズの匂いが漂う。

 フォークを手に取りながら、僕は言った。「時間が歪むって面白いよね。同じ時計の針が進んでいても、体感は全く違う」

「だから恋愛は面白いのよ。感情が物理法則を上書きしてしまう」

「含蓄に富むね」

「でしょ?」

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