夜の海で美少女ギャルをナンパしたら、お持ち帰りできちゃった理由。

あざね

オープニング

プロローグ 冴えない青年、海でナンパする。






「あー……今年の夏、暑すぎだろ。エアコンもろくに効かないし」



 俺はボロアパートの風通しの悪さに文句を言いながら。

 畳の上にだらしなく、両手を広げて寝転がっていた。大学一年生の夏季休業期間、これといって何かをするわけでもない冴えない大学生である自分には、ただただ時間が有り余って仕方ない。

 外に出る用事といっても、せいぜいアルバイトくらいなものだ。

 今日は休みだから、特になにもない。



「このまま蒸し風呂状態でいるより、いっそ……外に出てみるか?」



 時刻は夜の九時過ぎ。

 いくらか気温も下がったとはいえ、今年は延々と熱帯夜が続いていた。だが窓を開いてみると、思ったよりも風が吹いている。これならアパートで籠城を決め込んで過ごすより、当てもなく周囲を散策した方が有意義かもしれない。

 そう考えて俺は、部屋の電気を消して鍵を持ち、夜の田舎へと出たのだった。





「何もないよな、ホントに」



 夜風が緩やかに頬を撫でる感覚は、思いの外に心地よい。

 その点については、外出して正解だった。だが問題は、夜に外出してもこの地域にはなにもない、ということ。俺が通う大学は、地方のそれなりに辺鄙な地域にあった。そのため時間を潰せるといったら、いまだに分煙意識のないパチンコ店か、景品を取らせるつもりのないゲームセンターくらい。

 チャリを飛ばせばそれなりの街に出るが、いまの時間からそこへ行く勇気はなかった。それに派手なのは、自分の柄ではない。



「そうなったら、行く場所はあそこかな。……やっぱり」



 そう考えながら、しかし俺の足はすでにその方向へと進んでいた。

 俺の住んでいる六畳一間のボロアパートの程近くには、ちょっとしたビーチがある。ただビーチといっても小さな場所であって、地元の人間くらいしか知らない場所だと思われた。

 事実、夏に入って以降にも観光客など見たことがない。

 ただ海風に当たりに行くのも、いまとしては悪い選択肢ではなかった。



「あぁ、着いた。ここは本当に静かだよな――――ん?」



 到着すると、波の音に耳を澄ませながら。

 俺は適当に座れる場所を探し、腰を落ち着かせた。そして徒歩の軽い疲れを癒すようにして、ふくらはぎを揉んでいた時だ。

 波打ち際に誰か、水着姿の女の子が立っているのが見えたのは。



「こんな時間に、珍しいな。しかも、凄くかわいい」



 あまり見てはいけない気もしたが、俺の視線はその子に釘付けになっていた。

 長い金の髪に、驚くほどに日に焼けていない白い肌。愛らしい顔立ちをしているが、メイクをしっかりとしている。儚げというより、華やかさが勝る彼女は髪を手で押さえながら遠くを眺めていた。

 見るからに自分とは正反対の出で立ちだが、目的は同じなのだろうか。

 そう考えていると、柄にもなく他人への興味が溢れてきた。



「ちょっと、声かけてみるか……?」



 そう思って、俺はおもむろに立ち上がり。

 砂を踏みしめながら、その女の子のもとへと近付いて行った。だが、



「あー、すみません……? いや、違うか?」



 いざ、あと少しとなったら。

 俺はいったいどのように声をかければいいか、分からなくなった。そもそもこれは、見ようによってはナンパではないか。それこそ自分の柄ではないのだが、ここまできてやめるのは負けた気がした。

 かといって、何と話しかければ良いのだろう。

 生まれて十九年と少し、培ってきた語彙を必死に絞り出した。その結果――。



「ね、ねぇ、キミ……行くとこないならウチにこない?」

「………………え?」



 ――口から飛びだしたのは、とんでもないセリフ。

 どこのチャラ男だよ。俺はそう自分にツッコミを入れながら、一生懸命に軌道修正を図ろうと言葉を探してうめいていた。

 すると、



「ぷっ……あは、あはははははは!」

「え……?」



 そんな情けない俺を見てか、女の子は腹を抱えて笑い始めるのだ。

 たしかに馬鹿にされても仕方ないのだが、どうにも彼女の笑い方は違う気がする。いったいなにが、そこまで面白いのだろうか。

 そう考えて呆けていると、女の子は目に涙を浮かべながら言った。



「え、マジ? アタシをナンパするの、勇気あるね! ヤバいって!」

「あー、いや。ナンパのつもりは、なくてですね……?」

「そーなの? でも、いいよ。行こうよ、キミのウチ」

「へ……?」



 まさかの承諾に、俺はさらに狼狽える。

 行くっていまからどこに、あのボロアパートか? 行ったとしても、なにも出せるものはないぞ。菓子の類はちょうど切らしてるし、飲み物だって年齢的に酒とかはあるはずがなかった。

 だが彼女は気にした素振りもなく、こう訊いてくる。



「アタシの名前は、燈子。キミは?」

「え、あ……夏海爽汰、です」

「ソータくんね、了解!」



 そして、勢いのまま俺は本名を答えてしまった。

 すると彼女はしばらく何かを考えるようにしてから、一つ頷いてからこのように口にする。



「オーケー、大丈夫。それじゃ、先に行ってるね?」

「先に行ってる、って? 俺の住んでる場所、分からな――って、あれ!?」



 あまりにも平然と言われるので、俺が疑問を呈して。

 少し彼女から視線を外した瞬間だった。



「あ、れ……? どこ行ったんだ、燈子さん?」



 燈子と名乗った少女が、その場から姿を消したのは。

 まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように忽然と……。



 

――

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