未来から来た双子の兄が俺を離してくれない日常

西海子

1.2025年8月21日

 今日も淡々と、俺・三冬みふゆ白夜はくやの日々のお勤めは終了した。

「あつ……」

 連日の猛暑で流石に額に浮かんだ汗が流れ落ちてくるレベルだ。

 一応、聖堂はエアコンが付いている。

 しかしながら、うちの教会は小さいからとはいえ、この夏の暑さでは効きも然程良くはない。

 おまけにきっちりとキャソックを纏っているのもあって、常に体に熱が籠っているような状態だ。

 施錠を終えてフラフラと聖堂を出ると、すっ飛んできた双子の兄・三冬極夜きょくやに捕まる。

「また汗だく!!」

「……仕方ないだろ、あのオンボロエアコンで聖堂が快適になるわけないんだから」

「だから春先に言っただろ、エアコンは俺が買ってやるから入れ替えろって」

「それじゃあ上に説明できないって言っただろ……」

 ぶつぶつ言っていると、極夜に浴室に連行されて身ぐるみ剥がされた。

「シャワー! ぬるいの浴びろよ?」

「……はい」

 ビシビシ飛んでくる極夜の言葉を半ば聞き流しながら、大人しくぬるいシャワーで汗を流す。

「はぁ……」

 喉が渇いた……着替えたら水を飲まないと……。

 思考がぼやけているのは、軽く熱中症なのだろう。

 シャワーを浴び終えて脱衣所に戻ると、極夜が用意していったのだろう部屋着を何も考えずに着る。

 そのまま極夜がいるであろうキッチンに向かうと、待ち構えていた極夜がいつも通りにドライヤーを持ってくる。

「乾かしてやるから、その間にこれ飲んどけ」

 椅子に座らされ、置かれたグラスを手に取る。

「なにこれ?」

「いいから飲んで、味の感想言ってくれ」

 コンセントにケーブルを差しながら言う極夜に、首を傾げながら口を付けた。

 うわ、甘い……スポーツドリンクっぽいけど、こんなに甘いのあったかな?

「甘くない、これ?」

「……甘い? 取り敢えずそれ、全部飲め」

 極夜の眉間に皺が寄っている。

 ……まぁいいか……。

 ごくごく飲んでグラスを置くなり、極夜がドライヤーのスイッチを入れた。

 ブオーっていう音が、未だに慣れない。

 頭をワシャワシャされているのは……もう慣れた。

 大人しくされるがままになっていると髪が乾いたのか、音が止んで頭に何かがつけられた気がした。

「……?」

 一瞬、なんだと思いはしたけど、だんだん頭痛がしてきたのでどうでも良くなってしまった。

「はい、終わり。まだ飲めるか?」

「……飲む」

 喉が渇いている。

 グラス一杯飲んだのに。

 ドライヤーを片付けた極夜が、冷蔵庫から出したペットボトルの中身をグラスに注いでくれる。

 それをぐい、と飲んで、甘さに目を細めて、次いで頭痛で顔を歪めた。

「頭痛い……」

「熱中症だよ……まったく。お前がさっきから美味そうに飲んでるのは経口補水液。普通の体調だったら不味く感じるんだ」

「あー……」

「頭痛がするのもそう」

 もう一杯、経口補水液を飲み干すと、少し楽になった気がする。

 極夜は今度は冷凍庫から取り出したものを何か布で包んで、俺の首に巻きつけた。

「冷たい……」

「ただのアイスノンだ。今は体冷やすのが先。座ってるのが辛かったらベッドに連れてくが?」

「いや……そこまでではない……と思う」

 俺がぼそぼそ言うと、極夜はため息を吐いて向かい側に座り、スマートフォンをいじり始めた。

「お前が何と言おうと、聖堂のエアコンを入れ替えるからな。このままじゃ命に関わる。金の心配はいらないから、上への言い訳だけ考えておけ」

「……うん」

 ここまで体調が悪くなっては仕方ないだろう。

 頷いた拍子に、ひょこっと頭で何かが揺れた気がした。

「ん……?」

「あ、バレた」

「は?」

 極夜がニタリと笑って、手にしているスマートフォンを構えた。

「はい、うさちゃん、こっち見てー」

「はぁ?」

 撮影した音。

 気怠い手を頭に持っていくと……何か、ふわっとしたものが。

「……」

 なんだこれ?

 ちょっと引っ張ると、白いものが見えた。

「あー、取るなよ、可愛いんだから」

「……」

 これはろくでもない気配。

 俺はそれを毟り取る。

「……はぁ?」

「あーあ、取っちゃった。せっかく買ってきたのに、うさ耳付きカチューシャ」

「なんで?」

「今日、バニーの日なんだろう? だから、可愛い弟を可愛いうさぎにしてやろうと」

「アラサーの男に止めてくれるか、こういうの」

 俺が淡々と詰めると、露骨に舌打ちした極夜が思考を切り替えたのか、顔を上げて笑った。

「まぁ、今日のお前は体調不良だからな。俺の戯れに付き合わせるのも可哀想だ。で、食欲はあるか?」

 この兄はどうしてこうなんだろうか……。

 ため息を堪えて、それでも俺は伝えた。

「ない……プ」

「プリンなら食べられるんだな、分かってる」

 そう言ってさっさと俺の前にプリンを並べる極夜。

 ――やれやれ、まぁ、こういう人間なのは思い知っている。

 だから、今日は甘えてもいいだろう。

「ゼ」

「ゼリーもある、みかんのやつな」

 ちょっと先回りし過ぎてて、若干引いてしまうが……今更だな。


 俺はプリンとみかんのゼリーを食べて、ベッドに放り込まれてその日を終えることになった。

 翌朝、起きた時にまたうさ耳を付けていたんだが……最早怒る気力もなかった。

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