第14話 黄金の頭髪

 ……暇だ。


 昼休み。俺にとって、それは一日で最も苦痛な時間だった。

 授業中はタスクが明確だ。だが、この自由時間は違う。

 何をしてもいい、オープンワールド。


 ——だが、誰からも話しかけられず、何のイベントも発生しないオープンワールドは、間違いなくクソゲーだ。


 校庭のベンチ。購買で買った、可もなく不可もない卵サンドを咀嚼(そしゃく)する。  視界の端、木陰でプレッチ(携帯ゲーム機)を囲み、モンモン(モンスターモンストルム)の通信対戦に湧く男子グループが映る。


 校庭のベンチに腰掛け、購買のさほど旨くもない卵サンドを齧りながら、俺は大きくため息をついた。

 視界の端に、木陰でプレッチを握り、わいわい通信プレイをしている男子グループが映る。


 いっそ俺も、あの日陰者たちのように、ラノベやプレッチを持ち込んで、周りを気にせず趣味に没頭するべきなのかもしれない。


 ——否。


 考えてみろ。

 もし俺が学校の余暇を使って、モンモン厳選をやりだしたらどうなるか。

 カジュアルゲーマーの同級生が話しかけてきたと過程しよう。


 同級生「斉田もモンモンやってんの? 奇遇だな、俺も結構好きでさ。今どこまで進めた?」


 俺「え? ……発売日にクリアしたけど。ストーリーはチュートリアルでしょ」


 同級生「そ、そうなんだ……。てか、なんでずっと自転車乗ってグルグル回ってんの?」


 俺「決まってんだろ、孵化厳選ふかげんせんだよ。最高速度で移動することによって、もっとも効率よくモンモンの卵を孵化させるられるからな。今月はこれで3672体目のサメコゾウ。いやー、色違いまで粘るとさすがにきついな、はっはっは」


 同級生「……う、うん? ちなみに好きなモンモンとかは?」


 俺「やはり、なんと言ってもまずバクキャノン。攻撃のパラメーターが全モンモン中第三位。で、そこから繰り出される【ロックキャノン】。サメカイゾクの【ソードスライス】を調整次第で二発耐えられる美しい耐久数値。サブウェポンが豊富でスキルのカバー範囲が広く、苦手なのは現環境では少ない火属性のみ。まあ、モンモンプレイヤーなら余裕で理解できるよな」


 同級生「へ、へぇー(白い目)」


 間違いなくこうなる。熱量の違いは、時に人をドン引きさせる凶器と化す。

 ゆえに、ゲームの持ち込みは俺にとって論外なのだ。

 

 ふう、と息を吐き、食べ終えたサンドイッチの包み紙を丸めてゴミ箱に投げ込む。

 まだたっぷり残った虚無の時間をやり過ごすため、校庭をぼんやりと見渡そうと、振り向——

 



 ——いて、固まった。




 あの女藍沢と目が合ってしまったのだ。


 まずい。最悪のタイミングでエンカウントした。


 俺は咄嗟にスマホを取り出し、ツブッターのタイムラインに目を釘づける。

 どうか神様、あいつを俺から遠ざけてください。

 なむなむ……。


「ねえ、斉田」

「……は、はいっ」


 名前を呼ばれれば、さすがにスルーはできない。

 おそるおそる顔を上げると、茶色く染めた髪を指先でいじりながら、藍沢が気まずそうに立っていた。


「あの日の後さ……全然、話してないんだけど」


 あの、日。

 俺がこいつをファミレスに置き去りにして逃げた日のことか。


「えーっと……もう、おしまいってことかな?」

「……べ、別にそっちが決めていいぞ」


 わかってる。どうせ罰ゲームなんだろ。

 さっさと終わりを宣告して、俺をこの苦行から解放してくれ。


「えっ、まあ……。じゃあ、おしまいでいっか……」


 ……終わった。


 やっと、終わった。


 俺の心を蝕んでいた呪いが浄化されて、気分がどっと軽くなる。

 そうだ、これでいい。

 これで、ようやく俺はもとの安全な日常に——


「もう一つ、言いたいことがあるんだけど」


 まだ何かあるのか?

 この期に及んで、置き去りの件で嫌味でも叩き込むつもりか。


「あたしさ、先週末、友達との遊びのついでにゲームショップによってて。そこで聞こえた実況が、斉田の声に似てる気がしたんだけど」


 ——心臓が、跳ねた。


「ねえ、あんたって、もしかして——」




!」




 空気を切り裂くような、野太い声。


「そんなとこで、何やってんだ? さっさと飯行くぞ。みんな屋上で待ってんだ」


 金髪を揺らし、カースト最上位の男子が、教室の窓から顔を出していた。


「う、うん! すぐいく! ご、ごめんね、斉田。なんか変なこと言っちゃって。じゃあね」


 嵐のように、彼女は去っていった。


 ……た、助かった。


 俺は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死でこらえた。

 しっかし、あの金髪、いつも神がかったタイミングで現れるな。

 罰ゲームの真相を教えてくれたのも、今、俺の秘密が暴かれるのを防いだのも、あいつだ。

 見た目は完全にチンピラだが、もしかするとあいつは、俺専属の守護神なのかもしれない。

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