第11話 決戦II
改造モンモン。
違法な外部ツールを使い、ありえないスキルや能力を付与された、いわばモンモン界の禁忌。
オンラインや大会などで使えば一発でアカウント永久停止となる代物だが、これはただのフレンド戦。
失うものがあるとすれば——目の前の友達からの信頼、ただそれだけだ。
「大井くん……だっけ? そのモンモン、どこで手に入れたんだ?」
「兄ちゃんにもらったんだぜ! つえーだろ!」
その屈託のない笑顔から察するに、彼自身はこれが不正なデータだと知らないのだろう。
……厄介なことになった。
ここで俺が「それは改造だから無効試合だ」と宣言しても、ガキ大将たちからは「負け惜しみだ」と白い目で見られるのがオチだ。
理屈を説明したところで、到底理解してもらえそうにない。
だが、あの反則的な化け物を前に、琴乃ちゃんの勝ち筋は潰えた。
どうすれば……。
「おい、お前ら、そのモンモンは——」
「お兄さん」
俺が前に出ようとした、その瞬間。
琴乃ちゃんの小さな手が、俺の腕をそっと制した。
「私に、任せてください」
「……わかった」
琴乃ちゃんの決意に満ちた目を見て、俺は静かに頷き、一歩下がる。
——頼んだぞ サソリジャー!
画面に現れたのは、これまでの練習試合で一度も姿を見せなかったモンモン。
騎士のような盾と剣を構えた、勇ましいサソリの戦士。
彼女が、自分自身の力で育て上げた、魂のこもった一体だ。
「ふん、兄弟揃ってサソリジャーか。よえーな! 二体目はいらないから、俺が勝ったら別のモンモンをもらうぞ」
どうやら、ガキ大将が弟の颯太くんから奪ったのもサソリジャーだったらしい。
「颯太、もし私が負けたら……」
琴乃ちゃんは弟の目を、まっすぐに見つめた。
「このサソリジャーをあげるので、許してくれますか?」
「お姉ちゃん……」
……い、いかん。
琴乃ちゃんのかっこよさに、俺までちょっとうるっときた。
「ですが、私が勝ったら、颯太のサソリジャーは返してもらいます!」
「勝てるわけねーだろ、バーカ! 兄ちゃんのカンフリューは最強だ!」
サソリジャーの素早さは平均的な数値。
対するカンフリューは全モンモン中で三位。
次のターンは、相手が先に動けば、こちらを一撃で仕留めることができる絶望的な状況だ。
コピーして先に動けるモノマネーを残していれば勝てる試合だったが——俺が余計なアドバイスをしたせいで……。
「いきます!」
「いっけー!」
誰もが固唾を飲んで、画面を見守る。
──サソリジャーの ギロチンカッター!
サソリジャーが……先に動いた?
「琴乃ちゃん、もしかしてそいつのアイテム……」
「はい、【ステップシューズ】です! お兄さんのモノマネーから借りました」
──一撃だ!
──カンフリューは 倒れた。
カンフリューの特殊能力【オーラ読み】は、自身のスキルを必中にする代わりに、相手から受けるスキルもまた必中になるという諸刃の剣。
本来なら低確率でしか当たらない一撃技の【ギロチンカッター】が、そのデメリットによって、必中となったのだ。
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琴乃ちゃん WIN
プレスチル □□□□□
サルセイジ □□□□□
イガニンジャ □□□□□
サソリジャー ■■■■■
クソガキ LOSS
サメカイゾク □□□□□
フレイバード □□□□□
バクキャノン □□□□□
カンフリュー □□□□□
**************************************
「はぁ!? ありえねーよ! こんなのインチキだ! インチキする奴にモンモンなんか返すか!」
負け犬の遠吠えにも程がある。
礼儀もスポーツマンシップもない、とんでもないガキだ。
琴乃ちゃんが困惑した表情で立ち尽くしている。
怒鳴ってクソガキを叱ってやりたい。
だが、ここで俺が感情的になっても逆効果だろう。
「インチキは、そっちでしょ。カンフリューは【必殺拳法】なんて覚えないもん」
緊迫した空気を切り裂いたのは、姫美だった。
「はぁ? しょーこをみせろよ、しょーこ!」
「いいよ、ミーのスマホを見な。モンモン徹底攻略のサイトなら信じるでしょ」
「あぁ、見せろよ」
ガキどもが姫美のスマホの周りに群がる。
確かに信頼できるネットの情報ならガキたちも納得しそうだ。
「ほらね? 覚える技の一覧に、ないでしょ?」
「そ、そんな……」
最後の砦だったプライドが崩れ落ちるように、ガキ大将はその場にへたり込んだ。
「お姉さん、ごめんなさい。俺が悪かったです」
「いいんですよ、わかってくれれば。でもサソリジャーは返してくださいね」
「……うん」
なんて慈悲深いんだ。
あいつはルールを破って、言いがかりを付けて、誹謗中傷してきたんだぞ?
琴乃ちゃん、まるで聖母だ。
「お兄さん!」
不意に、柔らかい感触と温もりが俺の胸に飛び込んできた。
「ありがとうございます! おかげで、弟の大切なモンモンを取り返せました!」
シャンプーの甘い香りに心臓が跳ねる。
「いや、俺は何も……。カンフリューを倒したのは、琴乃ちゃんが育てたサソリジャーの実力だよ。しかし、どうしてあの博打みたいな戦術を思いついたんだ?」
「練習してた時に気づいたんです。格下の相手にはプレスチルとサルセイジをくるくる回すだけで勝てたんですけど、本当に強い人は交代読みで上回ってくる。そういう人には、もう確率で勝負を仕掛けるしかないって!」
「そ、そうか……」
俺が最も嫌悪する理不尽な運ゲー戦法……だが、琴乃ちゃんなら許す!
「颯太、さあ、交換しましょう」
琴乃ちゃんが弟くんを誘った、その時だった。
「いらないっ!!!!!」
公園に、甲高い拒絶の声が響き渡った。
——え?
「こんなやつに頼らなくても、俺なら勝てた!」
颯太くんの震える指先は、まっすぐに俺を捉えていた。
……俺のことか?
「颯太……」
「おい聡太、琴乃ちゃんが悲しむぞ。頑張って勝ち取ってくれたんだから、素直に受け取りな」
「うるさい、うるさい! 姫美の兄ちゃん、僕と勝負しろ!」
「いや、なんで俺が……」
意味が分からない。
ガキ大将の単調な攻めすら捌けなかったこいつが、熟練プレイヤーの俺に挑んだところで無様に敗北するのは目に見えている。
「僕が勝ったら、姉ちゃんに二度と近づくな! わかったな!」
なるほど。そういうことか。
こいつ——俺に嫉妬しているんだ。
思えば、彼は最初からいつも俺に対してそっけなかった。
大切な姉が、自分以外の男と親しげに話している。
ゲームという、自分たちだけの聖域を荒らされているような気分だったのかもしれない。
要するにシスコン。
そういえば姫美があいつぐらい小さかった頃、いつも俺と一緒にゲームしていた。
きっとそんな大切な関係がなくなってしまいそうで怖かったんだ。
「颯太、お兄さんは私たちのために……!」
「いいんだ、琴乃ちゃん」
俺は琴乃ちゃんの肩にそっと手を置き、前に出た。
「男にはな、引けない戦いがあるんだ。……なあ、颯太くん?」
少年は、こくりと強く頷いた。
その気持ち、痛いほどわかる。
だが、同情と勝負は別だ。
俺はゲームで一切、手を抜かない。
覚悟しろよ?
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