ゲームしか取り柄のない俺だけど、妹の紹介で女の子が集まってくる件

庭雨

第1話 ときめかないメモリアル

「へぇー。そうなんだ」

「うん」


 何度目になるかも分からない、中身のない相槌。

 まるで街の賑わいを演出するためだけに配置された、NPC同士の会話だ。

 不毛すぎる。


「お……、俺、ちょっとトイレ行ってくる」


 タンマ。ちょっとタンマ。もう限界だ。

 個室に駆け込み、深呼吸を数回繰り返して思考をリセットする。


 ——ここはもう、忘れたフリをして勝手に帰るべきじゃないか?


 ネットで知り合った相手ならブロックして即終了だが、最悪なことに彼女はクラスメート。

 明日になれば学校で顔を合わせる。気まずいなんてレベルじゃない。

 しかも相手はカースト上位のハイスペック美少女。俺はただのモブ。

 ここで俺が逃げでもすれば、「あいつバックレた」という噂が学校中に広まり、正義の鉄槌を下そうとする有象無象によって、俺は不登校になるまで追い詰められるだろう。


 思い出せ。

 俺がなんのために、趣味も個性もすべて隠して学校に通っているのか。


 ——


 学校生活は南極探検や宇宙飛行にも劣らない超高難易度のサバイバル。

 一生モノのトラウマを背負わされることもあれば、自殺するまで追い詰められたり、物理的ないじめで病院送りになることだってある。


 今後何十年も続く人生を台無しにするリスクを考えれば、たった三年の青春などゴミ箱にシュートして、完璧なリスク管理を遂行する方が合理的だ。


 だから俺はAとして通い、Aとして卒業する。

 エンドクレジットにも名前が載らない、背景の一部になる。


 ——そう決めていたはず、なのに。



 俺が今、クラスの女子とレストランでデートしている理由を説明するには、少しだけ時を遡る必要がある。



 三日前の放課後。

 数ある部活の中で最も安全な「帰宅部」の活動に勤しもうとした俺に、こいつはいきなり告白してきたのだ。


「へ、は、ほ、ふ、み?」


 俺から腑抜けた声が出たのも無理はない。

 同じクラスというだけで、会話なんて一度もしたことがない。

 その上、彼女はクラスの男子から明確な好意を寄せられる人気者だ。

 接点がゼロすぎる。


 俺は即座に思考を巡らせた。

 女子と付き合うなど、リスクの塊だ。

 高校生活で発生するトラウマイベントの大半は恋愛絡みと聞く。

 つまり……百害あって一利なしだな。


 だが、断ったら——


 俺ごときが人気女子の誘いを断ったとなれば、それこそが「生意気だ」といじめの標的にされる格好の理由になる。

 だったら、とりあえずOKして、当たり障りなくフェードアウトする方がよほど無難だろう。

 その場のノリで、浅はかにもそう判断した俺は、人生で初めての——そして最大の間違いリスクを犯した。



 ──そして、現在トイレに至る。



 続ける気ゼロの関係のために、なぜ俺がここまで精神をすり減らさねばならないのか。恋愛、恐るべし。


 ふぅ……。


 そろそろ戻らないと、さすがに不自然だ。

 執拗に洗い続けていたせいで、手がふやけてシワシワになりかけている。


 席に戻ったら、どうするべきだろうか。

 うまく話を畳んで解散したいが、そんなコミュ力があれば最初からこうなっていない。

 手っ取り早く帰れる言い訳は──


 恐る恐るトイレの扉を数ミリ開け、彼女が座るテーブルを隙間から覗く。

 そこには、見覚えのあるガラの悪い同級生の金髪男が立っていて、彼女に何やら話しかけていた。


「えっ、藍沢あいざわ、マジでやってんの?」

「いや、まあ……じゃないと失礼じゃん?」

「いや、どうでもいいっしょ! どうせあいつの名前なんか誰も知らんし。それにあいつ部活してないし、ダサいし、友達とか絶対にいなそうだし、問題ないっしょ。てか、一緒に居てもつまんなくね?」

「まあ、そうなんだけど……」


 事実だから文句は言えないが、ちょっとぐらい庇ってくれてもいいんじゃないか?


で付き合うの、ここまで真面目にやるやつ初めて見たわ」



 ——罰……ゲーム?



「あはは、だよね。でも、そういうゲームだし……。あたし、ゲームを中途半端にやるの嫌いなんだよね」


 頭の中で必死に練っていた戻ってからの一言目が、音を立てて消し飛んだ。

 俺は静かに財布を抜き出し、レジで会計を済ませると、一度も振り返らずに店を飛び出し、駅へと走り出した。


 ふざけるな。どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけない。

 ただ平穏に生きていたいだけなのに、どうしてこんな意味もなく傷つけられなきゃならない。

 真面目に恋愛するつもりなんて欠片もなかった。

 それなのに、どうしてこんなに胸が痛むんだ。


 俺は卒業まで誰とも関わらないと決めたんだ。

 放っておいてくれ。

 高校生活の人間関係なんて、糞食らえだ。



***



 鉛のように重い足を引きずり、なんとか自宅にたどり着いた。


 死にたい。

 ガチで死にたい。

 どう考えても100パーセント悪いのはあいつなのに、なぜか自分の欠点ばかりが頭をよぎり、より一層死にたくなってくる。

 心のどこかで「俺がもっとまともな男だったら、こんな扱いは受けなかった」とでも思っているのだろう。


 カバンから出した鍵が、震える指の間を滑って地面に落ちた。

 拾おうと屈んだ瞬間、ズボンの尻の部分が「ビリッ」と盛大に裂ける音がした。


 もう嫌だ。限界だ。

 ガチのマジで、色んな意味で死にたい。


 扉を開けると、脱ぎ散らかされた靴が俺を出迎えてくれた。

 あの糞妹め。

 普段なら殺意が湧くところだが、今日はもう、ただただ鬱になるだけだ。


 だが──


 まあ、俺が何度注意したところで、この惨状が変わらないように、どうにもならない現実にくよくよしても仕方がない。


 よし、やめた。

 凡人の分際で現実に何かを期待したのが間違いだったのだ。

 引っこ抜かれて、ついていって、食われるのが世の習い。

 せめて社会の毒になって、俺から搾取しようとした連中を道連れにしてやろう。

 ……まあ、いつになるかは知らんが。


 今日は部屋にこもって、作業ゲーをシコシコと楽しむのが正解だ。

 努力に見合うだけの成果をきっちり返してくれるゲームの世界こそが、俺の唯一の癒し。


 俺は自室の扉を蹴り開け、カバンを乱暴にベッドの上に投げつけ──


「うぎゃん!」


 ──ると、野生のマイシスターの後頭部にクリティカルヒットした。


 俺の妹、姫美ひめみはボサボサのショートヘアをかきながら「よっこらせ」と起き上がり、胡座をかいてこちらを睨む。

 ぷくーっと頬を膨らませるその仕草は──まったく可愛くない。


「俺のベッドの上で何やっ……! あっ、いらっしゃい」


 今にも爆発しそうだった怒声を、慌てて飲み込んだ。

 ベッドにもたれて座る見知らぬ女子が隣にいたからだ。

 ……そういえば、綺麗に揃えられた見慣れぬ靴が一足あったな。

 汚く放り投げられた姫美の靴に気を取られて気づかなかった。


「お兄ちゃん、勝手に入んないでよ」

「お邪魔しています、お兄さん」


 勝手にって、ここ俺の部屋なんだが……。

 友達の方は初めて見るが、姫美と違って礼儀正しそうな女の子だ。

 長い黒髪は艶やかで、洋服はシミひとつないワンピース。

 第一印象はお淑やかなお嬢様。


 なんでこんな育ちのよさそうな天使が、うちの意地汚い妹と仲良くしてるのか本気で謎だ。

 世の中、物好きもいるもんだ。


「でも、ちょうどいいや。お兄ちゃん、サメカイゾクを育ててくれる? ミー、先発向けの起点作り型が欲しいんだけど」


 よく見ると、二人とも携帯ゲーム機・プレイウォッチ(通称:プレッチ)を持っていた。

 なるほど。ゲーム友達ってわけか。

 接点がなくてもゲームさえあれば仲良くなれるからな。


 俺も中学生の頃はそうだったな。友達と徹夜でやってたっけ。

 今は「友達? なにそれ、おいしいの?」って感じだが。


「サメカイゾクはついこの前、育ててやったばかりだろ? そいつを使えばいいじゃないか」

「だってあれ抜きエース型じゃん。スキルとかステータスポイントとかを変えたやつが欲しいんだよね」

「同じやつを成長リセットすればいいだろ。そいつは理想個体なんだし」

「でも、気が変わって元に戻したくなった時にめんどいから二匹欲しいじゃん」

「二匹目を作るのも面倒なんだぞ……。リセットなら作業量が格段に減るだろ。スキルの巻物が有限だった時代ならわかるが、今はそうじゃないだろ?」

「でもさ、よく考えてみなよ。お兄ちゃんが育てるんなら、ミーは作業で時間を潰す必要ないよね? 効率的じゃん!」

「あのな……。お前は知らんのかもしれんが、俺の時間にも価値はあるんだよ!」

「でも、お兄ちゃん友達いないし、どうせ一人でシコシコ作業ゲーするだけでしょ? なら、ミーのためにゲームした方が有意義だと思いまーす」


 友達の前で「シコシコ」とか平然と言えるこいつの神経がわからん。

 俺なんて学校では常に空気を読みまくって生きているというのに。

 姫美、それは中学生だから許されてるだけだぞ。

 断言しよう、お前は高校に上がったら地獄を見る。


「はいはい、わかったよ。お前が正しい。わかりました。じゃあ、さっさと俺のプレッチを渡してくれ。手っ取り早く終わらせる」

「あいよ」


 しょうもないやりとりを横で見ていたお嬢様は、ふふっと笑った。

 今のを見て出るのが苦笑じゃなくて素直な笑いとか──この子、絶対天使だろ。


 ……本当に、なんで俺の妹なんかと友達やってんだ?


 プレッチの電源を入れ、モンダイモンスター(通称:モンモン)を起動する。

 軽快なイントロ、壮大な世界を映し出すオープニング──旅の始まりを告げる映像に胸が高鳴る……はずなのだが、実際に俺がやることといえば草むらで前後にウロウロするだけ。

 これは詐欺映像である。


 サメカイゾクを育てるには、まずサメコゾウ(サメカイゾクの強化前の姿)をひたすら捕まえ、理想個体を引き当てなければならない。

 モンスターには個体値という隠しパラメータが設定されていて、それぞれのステータスに1〜10の値がランダムで振られる。

 体力、攻撃、防御、魔法、知能、素早さ──6項目すべてが最大値になる確率は百万分の一。

 理論上、百万匹捕まえれば理想個体が1匹手に入る……という計算になる。


 もちろんそんなことを馬鹿正直にやっていたら、理想個体が出る前にプレイヤーの寿命が尽きる。

 そこでゲーム側も救済措置を用意しているのだが、それらを総動員しても2、3時間はかかる仕組みだ。

 だから大半のプレイヤーは、妥協個体でストーリーだけ楽しんで対戦をスルーする──という遊び方に落ち着く。


 しかし、このゲームには恐ろしいジレンマがある。

 対戦がめちゃくちゃ面白いのだ。

 モンモンを本当に楽しみたければ、対戦要素を避けて通れない。

 そのせいで俺は新作が出るたびに、リアルの時間を差し出して厳選地獄に身を投じる羽目になる。

 中には対戦そっちのけで、厳選そのものにハマってしまうプレイヤーもいるらしい。

 ……本当に恐ろしいゲームだ。


「ところで、お前が欲しがってるサメカイゾクはどこで使うんだ? ネット対戦? それとも連勝道場?」


 厳選中は手と目以外ヒマなので、俺は妹に話しかけてみた。


「あ、えっとね。話すと長くなるんだけど……いや、もうお兄ちゃんに相談しよっか。いいよね、コトノン?」

「はい、大丈夫です。むしろゲームがお得意だと聞いて、是非、力になってもらいたいと思っていました。よろしくお願いします、お兄さん」


 ふむ、何やら込み入った事情がありそうだな。聞いてやるか。



◇ ◇ ◇



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