第2章その9
ゲンと名乗るクロは下女ミウの様子を確かめていた『私が日高見に来た時の様だ、喋れるのに極力口をきかない様にしている』そう思えた
ある日髪をといてもらいながら独り言の様に言った
「私は日高見で蝦夷に助けられた物部の末裔だ、蝦夷の頭は神が生かしたのだから生き延びよと言った、ミウなら信じてくれそうな気がする、今度話してみるか…」
髪をとかすミウの手が止まった、そして消え入りそうな声で、クロの耳元に
「わたくしのいえは厳島(いつくしま)で神事を司る佐伯と申しました、あらぬ謀反を仕組まれ一族全て捕まり奴婢に落とされました」
と辺りに聞こえぬ様に囁いた
クロはいとこオウキの翁ばばの家が、昔から巫女を出す家柄だった聞いたのを思い出した
「神事は?」
「皆が寝静まってから…1人続けています」
クロはミウを抱きしめた
「仲間に出会えた!神が生かした意味はここに有ったのだ!阿弖流為、フカ、ゲン、有難う!」
翌日クロは田村麻呂にあの奴婢を嫁にくれと言った
「奴婢だぞ?」
田村麻呂は怪訝そうに聞いた
「良い!あの女が良い!」
クロの勢いに田村麻呂は笑いながら
「分かった、一目惚れだったか」
と笑いながら答えた
クロの壮大な思いには気づく由もなかった
その頃大和は西の大隅隼人(おおすみはやと)が再び蜂起し手を焼き、田村麻呂を巡検の役に着かせた
畿内の隼人は優遇されたが、西の隼人は国守にほとんどの益を略奪されていた
田村麻呂は出立前に安倍治重から相談を受け、造営中の清水寺の一角を阿弖流為の為に用意していた
阿弖流為を祀れると聞いて、蝦夷達も田村麻呂の兵達も進んで造営に協力して働き、村の民も作業の人足も感謝した
しかし公卿達は、今は大和の兵として来ている蝦夷達が碑を作るなど認められないと言った
蝦夷達は寺の造営で働いただけで終わった
村の民も人足も蝦夷を気の毒に思い、内緒で石を運び、分からぬよう村の石屋にそっと阿弖流為の名前を刻ませ祀ってくれた
大和は蜂起を恐れ、蝦夷達が集まる事も禁止していた為 別々にそっと参る事になった
蝦夷達はそれでも阿弖流為に会えると嬉しかった
村の民や人足達に感謝する事を忘れなかった
その気持ちに答え、村人は花を手向けてくれていた
コオは毎日出向いていた
花を手向けに来た村人に丁寧に頭を下げて
「いつも有難うございます」
と感謝を告げ
「阿弖流為、会いたいよ…」
そう言って1人泣いた
空の上から阿弖流為とフカは見ていた
斬首の深夜、河内の空から兄弟神は降りて来ていた
蝦夷の阿弖流為とフカは兄神が、
大和の民のゲンは弟神が
「よく己のつとめを果たした」
そう言ってそれぞれを天界にいざなっていた
そして尚皆を心配する阿弖流為の為に、そっと地上の蝦夷を見守る事を許したのだ
阿弖流為は時々フカを連れて都の空に来ていた
『コオは相変わらず泣き虫だな』
フカが笑った、阿弖流為も微笑み
『若いからあいつが一番心配だった、ここを見れば皆の様子も分かるな、また来よう』
そう言って嬉しそうにした
コオの涙の頬を爽やかな風が撫でた
田村麻呂は巡検使として西に向かおうとしていた
ミヤは過去の文献から、大隅隼人の件は早急に収めなければ都に流行病(はやりやまい)が蔓延する恐れがある進言した
過去にも大和に抵抗する為、大陸と交易した隼人から、天然痘が大和に入ったと言う薬事方の文献を読んだからだった、ミヤの学びが役立った
ミヤの見立てが当たるのを知っていた田村麻呂は
その助言を取り入れ、急ぎ西に向かった
田村麻呂は増税は無いと各国守に伝え、隼人に対する略奪行為をやめるようにフレを出して回った
ところが田村麻呂が西に向かうと、今度は東の国守達が蝦夷の国を攻めた
あの豊かな日高見から、鬼のいぬ間に出来るだけ、
租や調といった税として役立つ物を取り上げようとしたのだ
あちこちで蝦夷と小競り合いが続いた
日高見の蝦夷達は戦いの準備をしつつ、日高見の外まで民の為に見回った
東の国守は蝦夷が反乱を起こしたと都に伝えた
田村麻呂は大隅隼人に大和と戦わない事を約束させ
都に戻る途中で蝦夷の蜂起を聞かされた
「なぜだ?有りえん!」
田村麻呂は西に連れて行った自軍の兵を都に残し、蝦夷達全員を連れて東に向かうと言い、準備にかかるよう蝦夷達に告げた
クロは腹帯の中の託された手紙を、思わずギュっと掴んで
「阿弖流為!やっと時が来た!かか様に渡せる!」
と呟いた
第2章 終 第3章に続く
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