第2章その7

ひと月程で徒士隊は配属先が決まった

クロはゲンという名で、数人の徒士隊の長として田村麻呂の館に置かれる事になった

館では 以前居た下男の物知りな老人が死んだ為、孫娘のミウと呼ばれる下女が来ていた

奴婢(ぬひ)は代々同じご主人に仕える為、下女は当り前の様に祖父の代わりの仕事をしていた

クロはその横顔を見て驚いた

日高見に来る舟で沈んだ、いとこのオウキにソックリだったのだ

洗濯する下女の傍に行き、耳元で聞いてみた

「オウキか?」

下女はクロを見ると、何の事かという顔をして地べたにぬか付いた

「すまぬ、人違いをした」

そう言って立ち去ったが、気になって田村麻呂に聞いてみた

「あの娘は?」

「確か昔 何かを企てた一族で奴婢に落とされた年寄りの孫で、代々うちで働く者だが何か?

いやしい出ではないからお前に付けてやろう、口が重いが働き者で役に立つぞ」

田村麻呂はクロがその下女を気に入ったと勘違いして笑いながら言った

下女はその日からクロに仕える事になったが、ほとんど口をきかなかった


ショウは蝦夷の乗馬術を教える為コオに支えてもらいながら大和の馬達を見て回った

どの馬も働かされ過ぎて痩せていたし、人を恐れ憎んだ目をしていた

「大和の馬にも通じるだろうか?」

と不安だったが、あの声で馬達に話しかけてみた

通じた、馬達は水が飲みたいと言った

馬方に言うと泥の混ざった汚いのが運ばれて来た

「こんな水では駄目だ! 近くに川は無いのか?」

ショウは言ったが

「馬の為に川から水を運ぶ者なんざおりませんよ」

馬方は呆れ顔に言った

「コオ、わしを持ってこの馬に乗せてくれ、川を見たい、何とか良い水を飲ませたい」

ショウとコオは大和の馬に乗り、馬に道を聞きながら川を目指した

少し距離は有ったが鴨川という川を教わった

2頭の馬に鴨川の水を飲ませてみた

2頭は喜び2人に感謝し、他の馬達にも飲ませたいと言った

ショウは翌日から訓練の後 馬のまま兵を連れて鴨川の水を飲ませに行く事を決まりにした

「水は万物の命の源、侮ってはいけないし、大切にしなくてはいけない、この川の上流に社を建てて感謝を表さねば、いずれこの川は荒ぶるぞ」

ショウの中で龍神の使いの血が何かを感じ取り、大和の平穏を願って、思わず口から出た

コオは馬達に水を飲ませながら川の流れをみつめて何度も顔を洗った

「阿弖流為に会いたいな…阿弖流為…」

そう呟き泣いているのを隠していたのだ

リヨウから『泣いてはいけない』と言われていたのを必死で守ろうとしたが、河原を見ると、河内の河原での出来事を思い出してしまうのだった

サクとコオは皆より少し年下で、コオにはサクの様に兄弟も無く、阿弖流為を兄の様に慕っていたのだ

ショウも気付いていた、

都に来てから口数が少なく、皆と一緒に居る機会もあまり無く、1人で寂しそうにしていた

ショウはリヨウに話し、何とか皆で阿弖流為達3人を祀る場所をつくる事は出来ないかと相談した

リヨウは少し黙り込み

「分かった、考えておこう」

それだけ答えた

正直難しい事だ と思っていたが、何とかしたいとも思っていた

他の蝦夷達も皆、河内に3人を置き去りにして来たことが心に引っかかっているのをリヨウも気付いていたが、祀る場所を造るなど、勝手に出来る事ではないと思案していたのだった                 

                 つづく


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