第十二章:部外者の侵入 - 歴史研究家の最期

第38話 都市の知性と村の湿気

この町には、見慣れない男が一人滞在していた。名は佐倉。都内の大学で歴史学を専攻する、30代半ばの准教授。眼鏡の奥の瞳は、知的好奇心に満ち、どこか傲慢な光を宿している。


佐倉の専門は、都市伝説や地方に埋もれた伝承の研究だ。彼は、この町の古い伝承に隠された「歴史の真実」を見つけるという野心に燃えていた。


「これは、世紀の大発見になる。歴史学の常識を覆す、偉大な発見だ」


彼は、町の古道具屋の店先で、老店主と話し込んでいた。


「この町には、古くから伝わる水にまつわる言い伝えがあるそうですね。水時計とか、巫女とか」


「……さあ、そんなもん、聞いたこともねえな」


老店主は、目を合わせずに、煙草の煙を吐き出した。その言葉には、明らかに嘘が含まれていた。町の住人たちがこの話題を避けていることを、佐倉は知っていた。それが、彼の好奇心をさらに掻き立てる。


佐倉は、図書館や郷土資料館で、古い戸籍簿や新聞の縮刷版を読み漁った。そこで、亮介が失踪した年に、この町に滞在していたらしい、彼の祖父・源三郎の記録を見つけた。


「源三郎という男は、一体何者なんだ…?」


彼の調査は、やがて田辺家へと辿り着いた。 「田辺家……和子……亮介…」 佐倉は、点と点だった情報を線で結びつけ、一つの結論に達した。 「これは、単なる伝承ではない。現実に、人が犠牲になっている」


■村の共犯者たち


佐倉は、町の商店街で聞き込みを始めた。


「田辺さんのお屋敷は、昔からちょっと…ねえ」


八百屋の主婦は、人差し指で耳をくるくる回す仕草をした。


「あの家の娘は、生まれつき体が冷たくてね。祭りの日でも、一人だけ屋敷に閉じこもってたわ」


「そうそう。うちのおばあちゃんが言ってたわ。『水牢の娘』って。呪いを鎮めるために、水に愛しい男を捧げるんだって。馬鹿げた話だけど、昔から町では有名な話でさ」


佐倉は、町の人々が、この呪いをまるで昔話のように語ることに違和感を覚えた。その表情には、恐怖よりも、長年培われた諦めと、どこか優越感のようなものさえ滲んでいる。


「可哀想にねえ。でも、それが町の平穏のためなら……仕方ないのかしらね」


その言葉を聞いて、佐倉は確信した。この町全体が、呪いの共犯者なのだ。


彼は、町の外れにある「音無神社」へと足を運んだ。 その神社は、水神を祀る廃寺とは異なり、風神を祀る小さな祠だった。境内には、古い石灯籠が並び、風が吹くたびに、かすかな音が鳴る。 「音無神社……」 佐倉は、古文書でこの神社のことを調べていた。この神社の祭祀は、水神の呪いを鎮めるために行われていたという。しかし、いつしか祭祀は途絶え、社は荒れ果てていた。 「水と音……。呪いに対抗する、別の力が存在したのか」 佐倉の好奇心は、頂点に達していた。

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