EP4.〈チームラムダ〉
目の前には、窓ガラスは吹き飛んで瓦礫が落ちているが、何とか形を保っている一軒家が立っていた。白かったであろう外壁は、この終末世界という混沌とした事象に揉まれて、黒に近い灰色へと変色していた。注意してみると、確かにこの辺は空気が薄汚れている。
レイは玄関の扉を開く。窓からでもはいれるが、あえて玄関から入っている。きっと雰囲気で、‘‘あの頃‘‘を懐かしんでいるのだろう。
「この建物はダミーだ。俺らのアジトは下にある」
土足で家の中に入り、リビングへと向かう。足跡がつく。床のきしむ音が響く。
キッチンに着くと、レイは地面にあるへこんだ部分に手を伸ばす。指をひっかけて引っ張ると、急な角度の階段が出てきた。
「こないだの話だ。同じ研究所の人間の‘‘当時の‘‘あいつらは思い出したくない。思い出すと頭痛がひどくなる。でも、」
階段を下りて、地価の扉の前に立つ。深呼吸をして、ドアノブに手をかける。
「今のアイツらなら、大丈夫だ」
光が漏れ出る。やがて、どこか安心できるような人の形が目に入る。
「待たせたな。土産を持ってきた」
地下室の中は、意外にもしっかりと整備されていて、部屋全体に明かりがいきわたっていた。食器の入った棚、銀色の水道、茶色の大きいテーブルに、10の椅子。その椅子に5人と、1人が台所に立って何か作業をしていた。
「新入りか。生き残り?」
「はい、アルルです。よろしくお願いします」
気さくで爽やかな青年が、手を差し出す。手を握り、握手する。
「僕はハルだ。よろしく」
ハルとのあいさつが終わると、今度はアルルより少し背の低い少女が駆け寄ってきた。
「僕はセリ。こう見えて大体何でも持ち上げられるよ」
ダボっとしたパーカーに、口の広い袖。僕っ娘らしい。
「よろしくお願いします」
「俺はダリ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
僕は握手をしたのち、台所の方に視線を動かす。すかさずダリが反応してくれる。
「ああ…。そこで飯作ってんのは、ののだ。主に食糧確保係。おーい!」
ダリが大きい声を出すと、それまで背を向けていたののがこちらを向き、駆け寄ってくる。
「ごめんね、作業中だから気づかなくて。新入りでしょ。わたしはのの。よろしくね」
「いえいえ、こちらこそ。よろしくお願いします」
ダリとののも握手を交わす。まだ一人だけ、目すらあってない人がいる。
「お前の挨拶くらいしろよ。レイも帰ってきたことだしさ」
男はため息をつく。 「イズだ」
「よろしくお願いします、イズさん」
手を差し出したが、無反応だったため、少し気まずくなった。
「なんか敬語もかたっ苦しいしよ、ため口でよくないか?」
ダリがそういう。「いいんじゃない?」「そのとおり」みんな口々に賛成と意見する。
「じゃあ、それで決まり。ようこそ〈チームラムダ〉へ」
この6人のグループ名。いや、これからは7人の名前だ。
「にしても遅かったな、レイ」
「すまんな。案外時間がかかっちまった」
頭を掻きながら、レイがそういう。「やはり生き残ったのは俺ら能力者と、こいつだけっぽいな」
「まあそんなところだろうな…。ただあんたが探してる3人が生き残ってるなら、話は少し変わってくるが」
「期待してないが期待してる」
レイはそういってため息をついた。
「そういや、かなりでかい収穫があったぞ」
レイはバッグの中から、一冊の本を取り出した。
「読んだ文献に出てきた場所。地下に広い部屋をこさえてた。あそこで助かろうとしたんだな。で、これをパクって来た」
本を指さす。地下の空間にいる全員の視線が、カビが生えて表紙が原形をとどめていない本に集中した。
「読んでみよっか」
ハルがそうつぶやくと、ダリが本を掴み、そして開く。そこには、人の脳を侵食している見たことのない生物が書かれていた。
〈素質のある人間は、能力を持った怪物を体に取り込むことができる〉
首をかしげる。
「なんだこれ…?はずれか?」
「いや…違うな」
レイが「考える人」の格好をしながら、そういう。
「おそらく俺らの体の中には怪物が住み着いてる。そいつの力を借りることで能力を使えてるんだ」
なるほど。アルルが能力が使えないのは、怪物が住み着いていないからであり、それはつまり、彼の体には適応できなかったということになる。
「おいまじかよ…怪物と会話できるって書いてあるのに、詳しい解説はなしかよ」
ダリが大声を出す。ハルがのぞき込む。「別冊怪物の解剖に詳細を明記する、か。まだ本を集める旅は続きそうだね」
「今んとこ4冊あって…。あと一冊?案外何とかなりそうだけど…」
セリがきょとんとした顔で話す。「てなると場所も一つだな。あと回ってないのは…」
「「研究所か!」」
声が揃う。なんだかラノベみたいだ。
「さすが俺の記憶力」
「いいや僕のだね」
「言い争うな。うるさい」
盛り上がっている横で、一つ疑問が生まれた。
「ダリさんやセリさんは、研究所時代のこと思い出しても平気なんですか?」
「ん?まあ、特になんもねえな。レイは頭痛くなるらしいけどよ」
人によって違うのか。何がそうさせているのだろうか。
「さて。なら早めに研究所に向かおう。俺は思い出せないからダリ、セリ、イズ。頼むぞ」
「何で俺まで…」
イズの不満を遮り、話を続けるレイ。
「明日だな。明日ここを出よう」
「はや…!?…まあでも、レイがそういうなら、それでいいか」
「さんせーい」
「僕も賛成かな」
「私も」
「好きにしろ」
「よし、じゃあ荷物まとめとけ」
嘘だろ。今日ここに来たばっかなのに、もう出るのか。疲れを取らないと。荷物はいらないものを置いていこう。笑う彼らを横目に、僕は寝室を探した。
見つけた寝床は比較的綺麗で、布団も白かった。見るからに気持ちよさそうなふっくらした掛布団。僕はそのままダイブし、気が付いたら気を失っていた。
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