雲海の夢

大葉奈 京庫

第1話

 慶安二年の初夏のことである。伊予松山藩主の松平定行は松山城の天守閣から、西の空と大海原を一直線に分かつ水平線を静かに見つめていた。この日は晴天で雲も少なく、まだ黄昏が始まるには早かったが、年老いた定行にも空と海が夕焼けに輝く鮮やかな情景は容易に想像できた。

 世は関ヶ原の役から約半世紀ほどの時が経過していた。その後、勝利者の徳川家康によって江戸幕府が創建され、大坂の陣で豊臣氏も滅び、戦国乱世は終息した。しかし三代将軍徳川家光の治世に、九州で島原の乱が青天の霹靂のようにして勃発し、それが幕府の大軍に鎮圧されたのは、今から十一年前のことであり、当時も伊予藩を治めていた定行は、幕府軍の兵量補給に尽力している。そしてこの時期、定行は心に小さな変化が生じたのを意識した。それは故人が夢枕に現れだしたこととも関係している。特に父の定勝と兄の定吉はよく夢に出てきた。しかも夢の中で父や兄と話した言葉が、生前と同様に記憶に刻まれることさえあった。


 実は今朝も、定行は昨夜の夢の記憶を少しばかり脳裏に残していた。ただこの夢は甚だ曖昧で、父や兄の姿がはっきりと見えたわけではない。ただ穏やかなその気配は感じられた。元々定行は松平家の次男であり、嫡男の定吉が従五位の官位も戴いた遠江掛川藩の世嗣であった。また父の定勝は徳川家康の異父弟であり、要するにこの親子は、死後に東照大権現として祀られた初代幕府将軍の血族である。ところが兄の定吉は徳川家康の面前で鷺を射落とした時に、家康本人から無駄な殺生だと厳しく叱責され、自責の念から己を恥じて自害してしまう。謂わばこの兄の死が無ければ、皮肉なことに定行の立身出世は叶わなかった。この為、定行は後々の人生において、良心の呵責に苦しむことが時折あった。またそれは定行に嫡男の定頼が生まれてからなおのこと深まった。なぜなら息子を失った父の定勝の身を案じ、息子を持つことでその不幸を以前よりも重く感じられるようになったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る