怪盗プリンセスは今日も諦めない。【完】

文屋りさ

第1話:怪盗プリンセス、ここに参上!


 「新一年生の諸君。この誇り高き我が校フリージア学園への入学、誠におめでとう」


 真っ白な大理石でできた床と、天井にはびっくりするくらいの大きなシャンデリアが飾られている大広間に、毛むくじゃらの校長の声が響き渡った。


 新入生と呼ばれる二十人の生徒たちに向けられたその言葉は、まさしく入学式ならではのありきたりな定型文だ。


 けれど、ここは〝普通〟の学園じゃない。


 「諸君らは今日からこの素晴らしき学び舎で勉学に励み、そして君だけが持つ〝特別な能力〟を存分に磨き、いずれ世界各国の平和のために暗躍してくれることを期待する」


 世界に三校しか存在しない、フリージア学園。


 この学園に入学できる人は、みんな普通じゃない。表向きはただの歴史ある由緒正しき学園だと言われているけれど、本当のところは普通の人間では決して持ち得ない、〝特別な能力〟を持っている人しか入学できない謎の多い学園だ。


 フリージア学園に入学できる条件は一切明かされていない。ある日学園側から入学の招待状が届き、それを手にしたものだけがここの門を潜ることを許される。


 一般的な学園に比べて生徒の数はかなり少なく、加えて地図にも載らないような辺鄙な場所にあるこの学園だけれど、毎年多額の寄付金が世界各地から寄せ続けられている。


 それは、いずれここの卒業生たちが世界を守るため、決して表には出ず、それぞれの国のお偉いさんたちの影として暗躍してくれるからだ。


 「(ま、私は世界平和なんてどうだっていいんだけどね)」


 フリージア学園に集まったすべての生徒たちが、特別な能力を授かったことへの誇りと、この学園に選ばれたという名誉を胸に抱きながら、これからの未来に期待と希望を持って挑んでいる入学式に、ただ一人つまらなそうにポケットに手を入れているのは白羽ニーナだった。


 ニーナだけはまったく違う意味でこの地に足を踏み入れていた。


「(あたしがこの学園にやってきた理由はただ一つ)」


 それは、この学園のどこかに厳重に保管されているという『ピンクダイヤモンドのティアラ』を手に入れること。


 なんでもその昔、ピンクダイヤモンドのティアラはこの学園を創設したとされるどこぞの国の王女様だったフリージアが身に着けていた代物で、代々このティアラを身につけた者は永遠の幸せが手に入れられるという言い伝えがある。


 ニーナがピンクダイヤモンドのティアラの存在を知ったのは七歳のときだった。図書館で見つけた『ピンクダイヤモンドのティアラの歴史』という本を読んで以来、彼女はずっとそのティアラを欲している。


 「(入学式ももういいでしょ。さっさとお目当てのものを盗んでこんなところオサラバよ)」


 大広間をこっそりと抜け出し、ニーナは何ヶ月もかけて綿密に計画していた通りの行動を開始する。


 お目当てのティアラはちょうどこの学園の中枢に位置する地下に保管されていると言われている。つまりは本館からエレベーターを使って潜入すればいいわけだ。


 ニーナは建物の影で真新しい制服を脱ぎ捨て、変装用のウィッグとメガネも外して本来の自分の姿を現していく。


 彼女には〝白羽ニーナ〟という名前の他に、もう一つの異名を持っていた。


 「さぁて、今日も〝怪盗プリンセス〟の名に恥じない働きをしなくちゃね!」


 そう、白羽ニーナはありとあらゆるお宝を盗み歩く『怪盗プリンセス』だったのだ。


 うねり毛のある長い髪を一つに束ね、黒光りするほどの真っ黒なボディスーツに身を包んでいる怪盗プリンセス。


 これまでに数々の宝石や置物、絵画や骨董品を盗んでは自分のコレクションに加えていた。その数はすでに三十品を優に超えている。


 「特別な学園だからって、ここって警備が甘すぎるんじゃないかしら」


 今日は入学式ということも相まって、学園内には生徒が誰一人おらず、教員たちもみんな大広間に集まっている。


 今が絶好のチャンスだと、ニーナは足早に校舎へと潜入していく。


 校舎はすべて乳白色の石でできた、まるで海外のお城のような造りをしている。


 制服もそれに合った濃紺色の襟付きブレザーに、真っ赤なリボンが特徴的。すぐに風に吹かれてしまいそうなヒラヒラのスカートに、指定の白地の靴下にはご丁寧にレースがつけられていた。


 何もかもがニーナの好みではなかった。


 ピンクダイヤモンドのティアラがここになければ、一生関わることのなかった学園だ。


 そもそもニーナが持っているフリージア学園の入学の招待状は、正規のものではない。実家のつながりで知り合っていた能力者の一人からこっそりと拝借した借り物なのだ。


 学園から招待状が届いたことを自慢げにニーナに見せつけてしまったが最後。


 その日の夜、こっそりと怪盗プリンセスが盗み出して手に入れた偽の招待状でここまで辿り着くことができたのだった。


 本館のエレベーターに乗り込んで、ゴウンゴウンと揺れながら地下へと降りていく。


 あと少しで長年の夢だったティアラとご対面できる。


 ずっと欲していたものだった。


 ピンクダイヤモンドがふんだんに使われた、女性の象徴のようなティアラ。


 五十カラットのピンクダイヤモンドが額の位置に堂々と置かれ、その大胆さを嫌らしくさせない繊細なデザインが融合した、世界に一つしかない貴重な代物だ。


 「あぁ、待ちきれないわ!」


 久しぶりにニーナの心は浮き足立っていた。


 チーンとレトロな音と共に辿り着いたのは、最下層となる五階。


 そこは表の美しい景観の学園とは正反対に、ゴツゴツとした岩のような空間にいくつもの炎を灯して光を得ているような、なんとも無骨な場所だった。


 辺りを見渡しながら恐る恐る先へ進んでいくニーナ。


 「な、なんなのよここ……!気味が悪いんだから」


 そして、奥へと進んでいった先に目に映ったのは、今日のお目当てのティアラ。分厚いガラスケースに入っているそれを見た瞬間、ニーナの瞳に煌めきが灯った。


 「……素敵ね、想像以上だわ」


 これまで写真でしか見たことのなかったティアラが、今、目の前にある。


 ピンクダイヤモンドの美しい輝きと、優雅なデザインに心が奪われていく。


 「待っていてね、今出してあげるわ」


 ニーナは厳重に被せられているガラスケースにそっと触れ、これまで怪盗プリンセスと共に盗みを働いてきた相棒とも言えるガラスカッターを取り出して、スッと傷をつけていく。


 手慣れた手つきでガラスケースに穴を開け、ニーナはまもなく夢を叶えることができる──……はずだった。


 「──こんなところで何してるのかな?」


 彼の声を、聞くまでは。



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