第2話

 翌日も少々の移動の後、岸本が目星を付けていた現場近くのコンビニの端に車を停め、朝食を調達する。ここは元々が豪農地帯で一軒の家のサイズも桁違いであった。その敷地内には納屋や蔵が建っている。既に不法就労なり東アジアからの大陸勢が古い農機具の買い取りや強奪、盗みに入っていそうなくらい――悪い人間たちにとっては宝の山のような場所だった。


 ここまでの道すがら、車内からちらりと周囲を伺ったところまだまだ古びた農機具が置いてあるのでまさに『穴場』のような地域。

 これなら上に報告をして農機具の買い取りをやっている連中に恩でも売るか、と岸本は朝から機嫌が良かったのだがハンドルを握っていた小川の方はどうにも胃の調子が悪く、渋い表情をしていた。


 昨日の夕食はファミレス、食あたりになるようなことも無いだろうがどうにも気持ちが悪く、おにぎりひとつを食べるのがやっとだった。

 まるでそうだ、昨日の夜に感じたような生臭いような……とにかく良い空気を腹いっぱいに吸いたいような。

 支度を済ませて車から降りて歩き出すが車を停めたコンビニでミントタブレットでも買ってくれば良かった、と思っている内に最初の家に辿り着いてしまった。


 電柱についている地番的にはもう、村の入り口だ。

 しかし一軒が大きく、そして皆が午前中から不在だった。

 そもそも田舎の午前中……年寄りも大半が畑に出ているのか、病院に行っているのか。インターホンを押しても誰も出てきやしない。


 敷地内には車のわだちが出来ており、人が住んでいる気配は薄らとあるものの肝心の住人を一切見かけていない。

 これは岸本のアテが外れたか、と既にやる気を失くしつつある小川は隣で何か言っている男に軽く相槌を打ちながら歩みを進めると少々生垣がぼさぼさになっているが、とても大きな家に辿り着く。


 彼らは広い敷地内に新所帯の現代風の家が無いか確認し、住んでいるのは高齢者であろうと推測すると母屋へと向かう。

 家は古いがかなり立派な木造の平屋。土地の広さに物を言わせているようなとても重厚感のある家だった。

 こんな所、リノベーションでもして民泊に貸し出せるような感じだが如何せんド田舎。車を停めてきたコンビニとて経営者の良心によって維持が出来ているような自動ドアでもない古い商店チックな店舗だった。


 何よりこの家、集落の一番奥らしき場所にあった。その道は昭和のままの古いコンクリート敷きで所々ひび割れており、その一本道の突き当たりに突如開けたように屋敷は存在していた。

 今は真っ昼間、夜は流石に不気味な場所であるが初夏とも言えない強い日差しのお陰で気味の悪さはすぐに打ち消される。


「岸本さん」

「ここ、すげえな」


 不躾にも岸本は周囲をじろじろと見回す。広大な敷地内、母屋の手前にあるのは農機具小屋。今は使われていないらしいトラクターや素人では用途の分からない農機具が置いてある。それは屋根と囲いがあるだけの簡素な農機具小屋であって別途、戸建ての納屋もあるし古い土蔵も同じ敷地内にあった。

 その蔵には陶製の家紋と思しき物がついていたのだろうが今はどうやらひび割れて落ちたように破片らしき物が隅によけてある。


 この一軒だけで相当なモンがあるかもしれない。

 疲れ気味だった小川にも不思議とやる気が湧いて来る。なにより彼はカネの管理についてだらしがないせいで借金をこさえた末に今に至るのだ。目の前の欲に安易に気を取られ――彼らはまるで自分の背後にある鋭い視線に気づいていない。


 珍しく小川がやる気を見せているな、と岸本も気づいたのでいつものいびりではなく気の良い上司のようなチンケな言葉を掛けて送り出し、自分は生垣の前で待機する為に体を反転させた……が、やはり人っ子ひとりいない。

 途中、一軒だけ在宅をしているような家もあったのだが居留守を使われている。


「こんにちはー!!」


 敷地が広いので少し遠く、小川の声が聞こえる。ここで門前払いをされるか、それとも。

 結果は上々、小川が戻って来ないとなると初手は成功だ。

 そこからはマニュアル通りにコトを進めてしまえばいい。


「わあ、うちのおばあちゃんとそっくりだ!!」


 小川の目の前で来客の対応をしているのは高齢女性。年齢は既に八十を越えているような皺の深い小柄な女性は小川の大仰な声すら若干聞こえにくいのか、彼が詐欺師だとも知らずに取り合ってしまう。


「私、三歳までこの“■■村”の近くに住んでいたんですよ」


 これも共通マニュアルだ。通常、三歳頃の記憶などあってないようなものを提示し、土地の生まれだと言って高齢者を油断させる常套手段。たったのそれだけで世の中の心優しい、あるいは話し相手が欲しい者は詐欺師の手口に飲まれてしまう。


「おばあちゃんそれでね」


 これは上手くいくかもしれない。

 朝から胃の不調があった小川の調子も上がって来る。


「私、この辺りで不用品の買い取りをしているんですよ。ほら、ご高齢ともなるとそう言った物を動かすのも大変でしょう?まだ十分に価値があるのに、そう……この辺だと買い取りしてくれるお店も遠いし、だから私たちはそう言うお家を回って不用品の買い取りをさせて貰っているんです。もちろん、壊れてても勉強させて貰いますので“おばあちゃんち”にも家電製品とかありますか?あ、一応身分証とか提示しないといけなくて私、小川■■と言います。お店のチラシもあるから」


 首から提げていた偽造の身分証と嘘の買い取り情報が書かれているはがきサイズのチラシを見せながら止まらない小川の口上に女性はただ頷いて聞いている。

 しかも、いくら相手が高齢者とは言え出会ったばかりの他人に対し“おばあちゃん”などと普通は馴れ馴れしく連呼はしない。彼らは隙あらば高齢者の心に漬け込もうとする。

 ただ、取り合ったのが小川や岸本の世代の人間ならばそのまくしたてるような会話に違和感を持つだろうが……。


「ええっと……」


 女性はしわがれた小さな声で何かあるような素振りをしてしまう。


「ほら、壊れちゃったストーブとか扇風機とかでも良いんだけど……捨てるよりお金になった方が良いし、私たちが運び出すからおばあちゃんは全然動かなくて良いですよ。それにしてもお家すごい広いですよね、お手伝いできることがあったらこき使ってください」


 現代に於いてこんな馴れ馴れしい声掛けをしてくる人間などマルチ商法や新興宗教の勧誘以外にもういないようなものだがそれがまだ通じてしまうのが田舎であった。

 近年、岸本や他の同業者にカモにされ、物品をだまし取られたり何かと言い訳をつけてお金を逆にだまし取られたりする高齢者が後を絶たない。たとえ息子や娘、あるいは他の世帯と同居をしていても平日の昼間は在宅仕事でなければ同居人たちは家を空けている。


 そんな白昼、堂々と彼らは詐欺を働く。

 同居人が帰って来るころには個人情報はすっかり抜かれ、使える、使っていた物が無くなり、現金まで奪われて……チラシに記載された代表電話にかけようともつながらず、音信不通。警察も民事不介入でどうにもならないで泣き寝入りと相成るのだ。


 そして小川らが欲しいのは壊れた家電ではない。



 ――本丸は、貴金属金目の物だ。



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