第6話『体育祭クライシス!』



「ってな感じですかね。

 遊びに誘ったりとか……、まだ直接的には動けてないです」


「いやぁ~、いいじゃん!

 思ったよりも全然進んでるよっ!!」


 俺の目の前にはピンク色を基調としたTシャツに身を包んだ鳴海先輩の姿。

 その頭には同系色のカチューシャが身に付けられていて、心なしか普段よりもメイクの主張が強い。

 真っ白な短パンも裾が捲られていて、鳴海先輩の格好をトータルで見ると、「令和のギャル」って感じ。


「綾瀬君も、色々と出るんでしょ?

 何出るの?」


「えっと……、バスケとバレーボールと……ドッジボール?

 確かそんな感じでした」


「ふえ~、球技ばっか……。

 場所教えてくれれば、ゆず連れて行くからね」


「っ……マジですか!

 ありがとうございます!!」


 頭を九十度、地面に対してほぼ直角に下げると、鳴海先輩は楽しげに声を上げて笑い、そして「暇があればね~」と付け足した。


「結局、ゆずも運動神経いいからさ。

 色んな競技に出ずっぱりなんだよね~」


 むぅ……、なるほど。

 それもそうか。

 しかし、俺が競技で活躍できるという保証もない故に、それはそれで一安心と言うべきか……。


 ……いやぁ、違うだろ、俺!!

 会いに来てくれるだけで嬉しいはずだ!

 自分のために先輩がわざわざ会いに来てくれる状況ってのも、なかなかにレアな経験になる気がする。


「まっ、そんなところで。

 ウチ達も行こっか。

 ……そろそろ、始まりそうだしね」


 鳴海先輩が視線を向ける先、そこには各々のクラスTシャツを身に纏った数多の生徒達が校庭にて整列を始めていた。

 昇降口前で、たまたま鳴海先輩と出会い談笑に興じていたけど、時間的にもそろそろ猶予は無さそう。


「じゃあ、キミも頑張ってくれよー!」


 手をフリフリしながら校庭へと駆けてゆく鳴海先輩の姿を目で追い、俺もゆっくりと歩みを進め始めた。



 ***



 秀道高校体育祭。

 例年6月の第二週に開催されており、全校生徒約900人あまりが一堂に会する一大イベントである。

 クラス対抗で、様々な球技やフィールド種目が男女ごと、四日間にまたがって行われ、その頂点を決める――――。

 と説明口調になってみれば、いかにもガチ感のある響きに聞こえるが、その実、エンジョイ勢がその大半を占めるレクリエーション的な行事らしい。

 最も、中には意中の女子にアピールすべく、ハッスルしまくる男子もいるみたいだけど……。


「運動が上手いだけでモテるもんかね……」


 晴天の元、選手宣誓が行われる中でポツリと呟く俺の独り言を、傍らの同級生が目ざとく聞いていたようで、「お、綾瀬も自信ない系?」と話しかけてくる。


「俺もさぁ、球技とか苦手なんだよ……。

 マジで早く終わってくれないかな」


 ひょろっとした体格に、いかにも運動は苦手そうといった風貌。

 何を隠そう、春から同じクラスになった鈴木君。

 目をドロドロと腐らせながら、球技大会に対する怨嗟の言葉を述べるその姿は心の底から、来たる球技大会の到来を嫌がっているのが分かる。


「こんなの運動できる奴の独壇場じゃねぇか。

 マジで俺達みたいな奴らには人権ないよな」


「……なるほどな。

 確かに、そりゃそうか」


 特定の人間の活躍が約束されているイベントなんて、それに該当しない人間にとっては苦行以外の何物でもない。


「どうせアレだろ?

 各部のイケメン(笑)が可愛い子引っかけて、はべらせるための行事だろ。

 そんで一時の気の迷いで付き合って、二ヶ月後に別れるんだろ?

 俺、知ってるんだからな……」


 ブツブツと呟く鈴木君。

 過去にこういった行事に恨み辛みでもあるのか、その怨嗟の言葉は留まることを知らない――――。



 と、不意に。


 それまで静寂を保っていた観衆の中に、にわかに生じるざわめき。


 鈴木君へと意識が向けられていたため、何が起こっているのか分からないまま、俺は周囲をキョロキョロと見渡す。

 すると――――。


 皆が見上げる視線の、その先――――屋上に鎮座する

 逆光でよく分からないが、多分……女生徒……かな?

 安全上の観点から普段立ち入り禁止になっている屋上。

 一瞬、開会式セレモニーの中の演出の一部か?とも思ったけど、号令台に上っている生徒会長、そして教師陣の焦りの表情を見れば、イレギュラーな自体であることは予想がついた。


「え……、ヤバいでしょ、アレ……」


「マジで……?」


 俺を含めた、周りの観衆の脳裏に浮かぶ

 逆光でしか捉えられない屋上の女生徒の姿が、次第に目も慣れてきて、鮮明に写り始める。


 秀道高校の制服に身を包んだ、

 長い膝下までのスカートは黒タイツを隠し、目を隠すほどの、これまた長い黒髪は両肩の所で二つに結ばれている。

 そして、特筆すべきは、少女が立っている


 それすなわち――――屋上の

 あと一歩でも踏み出せば、自由落下の最中に身を落とすであろう、危ういまでの距離感――――。


「っ……!!」


 スカートをはためかせる風を押さえつけながら、少女は息を吸い、そして。



「私だって、嫌だよーーーー!!!」


 校庭に木霊する、少女の叫び。

 その内容を聞いた瞬間。

 俺の特殊能力アビリティ一瞥身長測定あなたのしんちょう何センチ?が発動。

 屋上から地上までの距離感、そして逆光を考慮し演算。

 そして導き出される身長。


 その実数、179――――。


「私も、小さくなりたいよぉーーーーー!!!!

 何で身長が大きいだけでフラれなきゃいけないのーーーーー!!!?」


「っ……!!」


 なんと言うことだ。

 あんなをもちながら、あまつさえ絶望の果てに自死を選ぼうとしているのか――――!?


 手に汗が滲む。

 最悪な未来が脳裏をよぎる。


 傍らでは校舎へと向かっていく教師陣の姿。

 しかし、到底間に合うとは――――。


 今まさに、目の前で人類の財産が一つ失われようとしている。

 それを黙って見てみていいのか、綾瀬琳。


 ――――否。


「っ――――!!」


 気付けば俺は。

 に向かって駆けだしていた。




 ***




 今にも飛び降りそうな屋上に佇む女子の姿、その叫びを固唾を呑みながら鳴海美空は見ていた。


「ちょっと……誰か、マジでアレヤバいって……!!」


 先生達も緊急事態に校舎へと向かってはいるけれど、それでも――――。


「っ……!!」


 隣に佇みながら、美空と同様に緊迫とした表情を浮かべている柚。

 その手が小刻みに震えているのを美空は確認し、再度視線を上方へと移す。


 一刻を争う、その刹那の時間の中で。


 再度人々の間を、が駆け抜ける。


「アイツ、何やって……!!」


「ちょっとマジで何……!!?」


 名前も分からない男子生徒の指さす、その先。

 そこには、少年の姿があった。


 ってか、アレって……。



「綾瀬君……!!?」



 先程まで言葉を交わしていた、一年生の男の子。

 綾瀬琳君。

 全校生徒が見ている中、排水管に足をかけ、上階のベランダへとぶら下がり、そして手すりをよじ登る。

 瞬く間に二階、三階、へと到達してゆくその動物の如き姿を、美空は信じられない心持ちで見ていた。


「アイツ……、猿かよ……!!」


 スマホを向けて、目の前で展開されているトンデモパルクールを動画に収めている観衆。

 その視線がやがて最上階へと到達したとき、琳君は足場も不安定なはずの手すりの外側、僅か数十センチほどしかないはずのをスペースを駆けてゆく――――。


「いやっ……ちょ、何……!!?

 来ないでっ……!」


 いきなり同じ目線で出現した少年を。

 今しがた階下へ飛び降りようとしていた少女は目を大きく見開き、真っ直ぐに見据え、両の手を前へと出すが――――。


「っ――――どっせーーーーーーーーーーい!!!!!!!」


 琳は目の前の女生徒へと思い切り覆い被さり、手すりの内側へと思い切り倒れ込んだ。




 ***




「っ……」


 倒れ込んだ際に生じた衝撃に、少女は苦悶の表情を浮かべる。

 チカチカと明滅する視界で、自身に覆い被さる重さ、その正体へと視線を向けると。


「っ――――」


 少女の胸に顔を埋め、苦しげにバタバタともがいている一人の男の子の姿。

 状況を整理することができず、少女は男の子を凝視したまま、身を委ねること数秒。


「ぶはっ……死んじゃダメだぁ!!!!!」


 琳は突如として蘇生を果たし、少女へとものすごい剣幕で怒鳴りはじめる。


「キミみたいな素晴らしい高身長をお持ちの女の子が、死んじゃダメだ!!!」


 いきなり何。

 というか、この子誰……?

 混乱する脳内の中でも、鮮明に響く「高身長」という

 一瞬でも忘れかけていた感情が、再度、熱を持って少女を満たす。



「っ……!!!

 高身長だからだよ……!!

 高身長こんなもの、誰も好きじゃないもん……。

 皆、同じこと言って私をフるんだもん……!!」


 少女の目尻に光り輝く物。

 それはやがて、嗚咽と共にポロポロと勢いよく零れ出す。

 口を隠しながら、声を押し殺しながら涙を流す眼下の少女を臨み、琳は大きく息を吸った。


「だいじょーーーーぶ!!!!

 絶対に、高身長を認めてくれる人が、いる!!!」


「そんなのっ……、どこに……」




「ここにぃ!!!!

 いるっ!!!!!」



 思い切り胸を叩き、琳は真っ直ぐに少女へと言葉を紡ぐ。

 それは他でもない、口先ではなく「心の底からの本音」――――。


高身長それは、キミの良さなんだよ!!!

 誰も認めてくれなかったんだったら、俺が声を大にして何度でも言ってやる!!!」


 涙の滲む少女の瞳に映る、絶叫する少年の姿。

 その口が大きく開かれ――――そして。


「俺はぁ!!!!

 高身長が!!!

 大好きなんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 琳の叫びが澄み渡る大空へと響き渡るのと、同時。

 屋上のドアが開かれ、数人の教師陣がその姿を現した。




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