第9話 マンティコア・出現 その3
予告通り、10時の方向からマンティコアがやってきた。
ディーノは最前線で待機している領兵の最前列で矢を構えていた。
マンティコアは領兵を確認するとすぐに瘴気を吐こうとしたが、それよりも前に矢が飛んできたことに気が付いた。ひらひらと包帯が付いている。包帯が付いているのに、飛んでくる速度は異常に速い。届かないと思うくらい距離はあるのだが、ディーノの風魔法に強化されたこの矢は速度も落ちないし威力も失われない。マンティコアは、では先に矢を落とそうと、瘴気を吐こうとした。
が。
異常な速さで飛んできた矢は、と言うよりもひらひらとした包帯がシュパン、とマンティコアの首に絡まり、たちまち植物のように伸びてぐるぐると頭から胴体まで、包帯を巻きつける。もちろん、物理的にそんな長さがあるわけではないが、首元から尻尾あたりまでぐるぐると白い布が巻き付く形となった。
巻き付いたために、瘴気が吐けなくなった。おまけに体が重い。
「今だっ、奴は瘴気を吐けない。毒針を出す尾に気をつけろ」
隊長の一言で領兵とアルトとサックスが突っ込んでゆく。
ディーノは杖を取り出すと、唇に呪文を乗せて領兵たちの武器と防具に強化魔法をかけてゆく。それが終われば白い布にめがけて補助魔法を発動させる。シェラも、その隣でぶつぶつと呪文を唱えてディーノの杖に自分の杖を重ねた。
「!!」
違和感を覚えたマンティコアが瘴気を吐いて、しかしそのまま瘴気が掻き消えることに驚く。
「今だ! 足にロープをかけろ。尾を固定して切り落とせ」
「飛んでくる尻尾の毒針に気をつけろ!」
兵士たちの怒声が響き、きびきびとセオリー通りに四肢を固定し、尻尾を切り落とすという定石の戦闘方法が取られる。
マンティコアを引き倒して尾を落とし、次に首を落とすためにチームアタックが展開される中、ディーノはずっと何かの呪文を唱え続けている。
マンティコアは、最後のあがきと何度も瘴気を吐くが、それは無効化され、逆に呼吸ができなくなりパニックを起こしている。引き倒されているのに、じたばた暴れている様子は尋常ではない。
「首絞められないじゃないのよう」
シェラがぶつぶつ呪文を唱えながら物騒なことを言っている。
砦の兵士たちも、冒険者たちも手慣れた様子でチャンスは逃がさないとばかりに攻撃を仕掛け、首を落とし、勝利の声をあげた。
「うへぇ」
力尽きたとばかりに、ディーノはその場に座り込む。
マンティコアが死んだことで、周辺に雨のようにキラキラと光の粒が落ちてきた。
「なんだこれ?」
「光の粒?」
「ちょっと消化しきれなかったから、おすそ分け。修復効果がある」
「はい?」
ジョージ隊長は目を見張った。光の粒を受けると、防具や武器の傷が、程度の差はあるが軽減しているのだ。
そしてもう一つの効果として、体の疲れが少しだけとれている。
「マンティコアの魔力や吐き出された瘴気を修復魔法と回復魔法に変換させたのよ。実験は成功したけど、まだまだ呪文に改良の余地があるわね。効果が薄い」
立ち上がって、パンパンとローブのほこりを払うと周囲を見渡す。
「ディーノ! 助かったよ」
「アルト、サックス、無事?」
「ああ」
走ってきたアルトはまるで子供のように軽くそう言ってその横で、妻であるシェラと抱き合った。
「じゃぁな。ジョージ隊長。俺らは帰るぜ」
サックスはそう言ってディーノと目を合わせた。
「今日の収穫は?」
「自主トレしていただけよ。収穫はないからね」
杖を収納して、水筒を出したディーノはその水をがぶがぶ飲んでいる。
「待ってくれ。先ほどの魔法は、ディーノ、君が?」
後ろから声をかけたのは、ジョージと一緒にいたジオリールだった。
「ええ。腕が良いでしょう? 私は便乗してマンティコアの首を絞めていただけ」
さらりと怖いことを言うシェラである。
「感謝する」
その一瞬で、アルトとシェラがジオリールから距離を取り、サックスもディーノもそれに習った。そして冒険者として最高の儀礼だとされる、右手を胸に当て左手は腹部に当てて深く一礼した。
「頭をあげてくれ。討伐に参加してくれたことを感謝する」
「俺たちの義務だと思っていますから」
サックスがそう答えた。
「あっと、あとで執政館まで来てくれないか? 特にディーノ、マンティコアを封じた魔法のことを知りたい。君たちにしたら仕事上、秘密にしたい話だろう?」
ジオリールはそう言った。
確かに、事実だが、もっと言えば少し考えれば思いつく程度ともいえる。
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