Sous:アルファへの覚醒

Kwon Soo Park

第1話うちのポーチから失せろ!

汗に濡れ、荒い息をつきながら彼女は目を覚ました。

悪夢――いや、これは悪夢ではなく「記憶」だった。

あの夜。自分の父が目の前で殺された夜。彼女は隠れていた。父は、彼女を守るために。最後の瞬間まで、彼女を守ろうとしていたのだ。

スー(Sous)は身を起こした。

ベッド……いや、ベッドと呼ぶにはほど遠い。小さな小屋の床に置かれた粗末な寝床。それが、父と共に暮らしてきた家だった。

彼女たちは貧しかった。群れ〈パック〉の外で暮らす者は、ほとんどがそうだ。スーは「雑種(Mutt)」だった。

人間でもない。ヴァンパイアでもない。狼〈Werewolf〉でもない。

いくつもの種を掛け合わせた存在――それが彼女であり、同じような者たちだった。

外はまだ夜のまま。行く場所もない。学校にも通っていない。

雑種は群れの学び舎に入ることを禁じられていた。人間の学校なら入ることはできるが、人間は魔法を持たない。だから彼女が持つ力を制御する術は学べない。

……それに、狼の群れも魔法を使わない種族だった。

スーは自分が何者かを知っている。

人間、狼人〈Werewolf〉、吸血鬼〈Vampire〉、妖精〈Fairy〉、魔女〈Witch〉――すべての血を引く存在。

机の上には水の入った椀が一つ。父と共に飲み水にも、身を清める水にもしていた。残りは少ない。明日の朝には泉まで汲みに行かなくてはならない。

両手ですくった水を顔に浴び、息を吐く。

――十二歳になれば。

十二歳になれば、錬金術と魔法の学校に入れる。

ここから抜け出せる。そう思えば少しは耐えられる。

――パキッ、パキッ!

音に気づき、振り返る。

小屋の窓に何かが当たっていた。外に出てみれば、群れの少年たちが卵を投げつけている。

「どうして放っておいてくれないのよ!」

歯を食いしばる。小さな牙はすでに伸び始めており、耳も尖っていた。

父を殺したのに、まだ足りないのか。

「やめろって言ってるでしょ!」

飛び出したスーの叫びに、少年たちは目を見開いた。想定外だったのだろう。

「聞こえないの!? 狼どもが私の父を殺したんでしょ! 満足!? 満足なの!?」

少年たちは卵を落とし、慌てて走り去った。

線路を越え、自分たちの群れの元へ戻る。

「……坊やたち!」

「ひっ!」

待っていたのは、群れの女、母であり指導者であるモニカだった。

スレンダーな体躯、漆黒の髪、群れで最も青い瞳を持つ女。

彼女は息子たちを睨みつける。

「アベル、デレク……答えなさい。何をしていたの?」

長男アベルは肩をすくめた。

「裏切り者の小屋に卵を投げてたんだ……雑種に」

モニカは卵を取り上げ、眉をひそめる。

「卵がどれだけ高いと思ってるの?」

「……いっぱい……」とデレク。

「そうよ! 馬鹿者!」

問い詰めるうちに、デレクが口を開いた。

「そこに……女の子がいた。アルファだ」

「アルファ?」モニカが目を細める。

「匂いで分かったんだ。強かった」

兄弟は互いに顔を見合わせる。

「年は……カラと同じくらい」

モニカの心にひとつの名が浮かぶ。

――プイモ。裏切り者と呼ばれた男。

あの混ざり物のアルファには娘がいたはず……。

(あの子が……?)

その夜、モニカは寝床で考え続けた。

群れは本当に、父を殺し娘を放置したのか?

***

翌朝。

川辺で水を汲むスーは、桶を抱えて小屋へ戻る途中、卵の跡を見て思い出した。

「ほんとにあのガキども……でも……あの匂いは、悪くなかった」

独りごちると、そこに一人の女が立っていた。

スーは目を細め、怒鳴る。

「アンタ誰!?」

女――モニカは黙って彼女を見つめた。

やはりアルファの匂い。間違いない。

「私は群れのオメグレス(Omegress)よ」

スーの瞳が見開かれ、すぐに牙を剥いた。

「だったら……殺せよ! 父を殺したみたいに!」

衝突は一瞬だった。

殴りかかったスーをモニカが受け止め、地面に叩きつける。

しかしスーも必死に抵抗し、噛みつき、唾を吐き――すり抜けて走り去った。

彼女が向かった先は、雑種たちが身を寄せる地下の下水道。

十二歳になるその時まで、ここで耐えるしかない。

自由を掴む、その日まで。

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