第4話 義の旗、地下に翻る





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「親分、大変です!」


ジンが血相を変えて駆け込んできたのは、連合結成から三日後のことだった。


「青嵐商会の倉庫が襲撃されました!リーダーのバルトスさんが重傷です!」


「何だと?」


俺は立ち上がった。青嵐商会は元冒険者たちの集まりで、戦闘力では連合内でも最強クラスだった。そこが襲われるなんて—


「相手は?」


「黒狼団です。ただし、今までとは規模が違う。百人を超える大部隊でした」


エリカが震え声で続ける。


「それに...正規軍の装備を身に着けた者たちもいたそうです」


「正規軍?」


俺は眉をひそめた。昨日まで理解を示してくれた隊長たちが、なぜ—


「違います、親分」グレンが重い口調で説明した。「あれは『民間警備会社』の看板を掲げた傭兵部隊です。最近、クライン侯爵が設立したばかりの」


「つまり、貴族の私兵ってことか」


「そういうことです。法的には何の問題もない。『暴力組織から市民を守るための正当な自衛行動』ということになっている」


俺は拳を握りしめた。やり方が汚すぎる。


「他の仲間は?」


「鉄鎖の会も狙われました。マルコスさんは無事ですが、拠点が破壊されています」ジンが続ける。「赤十字団だけは今のところ無事です」


「当然だろうな」グレンが自嘲的に笑う。「医師たちを襲ったら、さすがに市民が黙っていない」


俺は魔草に火をつけながら考えていた。相手は本格的に俺たちを潰しにかかっている。しかも、法の抜け穴を巧妙に使って。


「親分...もう限界じゃないですかね?」


仲間の一人が弱々しく呟いた。


「相手は貴族と結託してる。金も人員も桁が違う。俺たちじゃ太刀打ちできません」


「そうだよ...」別の仲間も続く。「せめて一般市民を巻き込む前に、俺たちだけでも街を出ようよ」


重い沈黙が流れた。確かに、仲間たちの言うことは正しい。このまま戦い続けても、勝ち目は薄い。


だが—


「親分」


エリカが静かに口を開いた。


「あなたは前に言いました。『筋を通すかどうかの問題だ』と」


俺は彼女を見た。


「私、最初は怖くて仕方ありませんでした。でも、あなたたちといると...正しいことをしているという実感があります」


エリカは立ち上がった。


「逃げるのは簡単です。でも、逃げてしまったら、この街の人たちはどうなるんですか?」


「エリカ...」


「私たちが諦めたら、誰が弱い人たちを守るんですか?誰が筋を通すんですか?」


エリカの言葉に、仲間たちも表情を変えた。


「エリカちゃんの言う通りだ」ジンが頷く。「俺たちがここまで来れたのも、親分が筋を通してくれたからだ」


「そうですね」別の仲間も続く。「親分、俺たちはあんたについていきます」


俺は深く息を吸った。


「...ありがとよ」


そして立ち上がる。


「なら決まりだ。徹底的にやってやろうじゃねぇか」


---


翌日、俺たちは緊急の連合会議を開いた。場所は赤十字団の本部、表向きは医院として機能している建物だった。


集まったのは四十人ほど。青嵐商会と鉄鎖の会は襲撃を受けて戦力が削られていたが、それでも代表者たちは駆けつけてくれた。


「皆、よく来てくれた」


俺は包帯を巻いたバルトスを見回した。青嵐商会のリーダーは右腕を負傷していたが、目に強い意志を宿していた。


「まず最初に言っておく。今からでも遅くない。抜けたい奴は遠慮なく抜けてくれ」


誰も動かなかった。


「連中は本気で俺たちを潰しにかかっている。金も人も武器も、全て向こうが上だ。勝ち目は薄い」


「でも、やるんでしょう?」


マルコスが微笑んだ。


「あなたの顔を見れば分かります。絶対に引かない目をしている」


「ああ。やってやる」


俺は地図を広げた。


「だが、正面からぶつかっても勝てない。頭を使わせてもらう」


「作戦があるんですか?」バルトスが身を乗り出す。


「相手の弱点を突く」俺は地図上の一点を指差した。「クライン侯爵の屋敷だ」


「え?まさか暗殺を?」エリカが驚く。


「違う。証拠を掴む」


俺は別の書類を取り出した。グレンが持参した、侯爵の不正を示す資料だった。


「この街の法は契約で成り立ってると言ったな?なら、その契約書の原本を手に入れるんだ」


「原本?」


「ガルムとクライン侯爵の間で交わされた『相互利益保障契約』。それから、俺たちを陥れるために作った偽の被害届。全部原本がある」


グレンが頷く。


「確かに、それがあれば決定的な証拠になる。だが、侯爵の屋敷に忍び込むなんて—」


「やってやるさ」


俺は魔草を灰皿に押し付けた。


「ただし、一人じゃ無理だ。皆の協力が必要になる」


---


作戦は三段階に分かれていた。


第一段階:陽動作戦

青嵐商会の残存メンバーが街の反対側で騒ぎを起こし、黒狼団と傭兵部隊の注意を引く。


第二段階:潜入

俺とエリカ、そしてジンの三人で侯爵の屋敷に忍び込む。エリカの魔法で警備を無力化し、証拠を入手する。


第三段階:暴露

手に入れた証拠を使って、王都中に真実を知らせる。


「危険すぎます」赤十字団のリーダー、老医師のドクター・ハインが眉をひそめた。「失敗したら、それこそ全滅です」


「だからこそやる価値がある」


俺は立ち上がった。


「連中は俺たちを舐めている。『どうせ烏合の衆、すぐに逃げ出すだろう』とな。その油断を突くんだ」


「でも、親分」マルコスが心配そうに言う。「もし仲間の中に裏切り者がいたら?」


瞬間、場が凍りついた。


「裏切り者?」


「考えてみてください。青嵐商会の拠点も、鉄鎖の会の隠れ家も、内部の者しか知らない情報でした。それなのに、なぜ敵は正確な場所を知っていたんでしょう?」


マルコスの指摘に、皆が互いを疑うような視線を交わし始める。


「やめろ」


俺の声が響いた。


「疑心暗鬼になったら、連中の思う壺だ」


「でも、現実問題として—」


「現実問題として、俺たちには信じ合う以外に道はない」


俺は仲間たちを見回した。


「契約書があったって、裏切る奴は裏切る。金があったって、買収される奴はされる。だが、筋を通すって決めた奴は、最後まで筋を通す」


「親分...」


「俺たちは最初から『信頼』だけで繋がってる。それを疑うなら、初めから組まなきゃよかった」


俺は拳を握りしめた。


「だから最後まで信じる。仲間を、そして自分たちの正しさを」


しばらくの沈黙の後、バルトスが口を開いた。


「...分かりました。やりましょう」


「俺たちも賛成です」マルコスが続く。


「赤十字団も協力します」ドクター・ハインが頷いた。


「よし。それじゃあ作戦開始だ」


---


その夜、王都の街に異変が起きた。


「火事だ!東の倉庫街が燃えている!」


「暴動も起きてるぞ!」


青嵐商会のメンバーたちが、見事な陽動作戦を展開していた。黒狼団と傭兵部隊の大部分が現場に向かう。


その隙に、俺たちは侯爵の屋敷に接近していた。


「警備は?」ジンが小声で確認する。


「《透視の魔法》」エリカが呟く。「三人います。でも、普通の衛兵のようですね」


「よし。静かにやるぞ」


俺たちは屋敷の裏口から侵入した。エリカの《沈黙の魔法》で足音を消し、ジンの鍵開けの技術で扉を突破する。


「書斎は二階です」


エリカが先導する。階段を上り、廊下を進む。


だが—


「よく来たな、竜一」


書斎の前で、ガルムが待っていた。


「やっぱりな」俺は舌打ちした。「罠だったか」


「ご苦労だったな。まさか本当に来るとは思わなかったぜ」


ガルムの後ろから、数人の傭兵が現れる。


「で、誰が情報を漏らした?」俺は冷静に聞いた。


「さあな。金には勝てなかったってことだろ」


ガルムが笑う。


「お前の『仁義』とやらも、所詮はその程度だったってわけだ」


「そうかもしれねぇな」


俺は魔草に火をつけた。


「だが、一つ言っておく。俺の仁義は、裏切られたからって消えるもんじゃねぇ」


「何?」


「信じた俺が馬鹿だった。だが、それで仁義を捨てるのは筋違いだ」


俺は煙を吐き出した。


「裏切った奴は裏切った奴。信じる奴は最後まで信じる。それが俺の流儀だ」


「綺麗事を—」


「綺麗事じゃねぇ」


俺は拳を構えた。


「これが俺の筋だ」


戦いが始まろうとした瞬間—


「《雷撃魔法・連鎖落雷》!」


突然、屋敷内に雷が走った。傭兵たちが麻痺して倒れる。


「え?」


振り返ると、エリカが杖を構えていた。だが、彼女の表情は今まで見たことがないほど厳しい。


「エリカちゃん?」ジンが困惑する。


「私です」


エリカが静かに言った。


「情報を流したのは、私です」


---


「エリカ...」


俺は呆然とした。まさか、あのエリカが?


「でも、親分を売ったわけじゃありません」


エリカは杖を下ろしながら続けた。


「ガルムに偽の情報を流したんです。『今夜、桐島組は街を出る』と」


「偽の情報?」


「はい。だから敵の主力は街の出口で待ち伏せしています。ここにいるのは少数の見張りだけ」


ガルムが青ざめた。


「貴様...いつから?」


「最初からです」エリカが微笑む。「私が貴族の出だということを忘れていませんか?情報戦なら慣れているんです」


俺は感心して笑った。


「やるじゃねぇか」


「でも、まだ終わっていません」


エリカは書斎の扉を指差した。


「証拠は中にあります。急ぎましょう」


---


書斎の中で、俺たちは探していた契約書を発見した。


「あったぞ!」ジンが叫ぶ。「『相互利益保障契約』と、偽の被害届の下書き!」


「写しじゃなくて原本だな?」


「間違いありません」エリカが確認する。「侯爵の印章も、しっかりと押されています。これで、言い逃れはできません」


「よし...これで一発、ぶちかませる」

俺は契約書を懐にしまい、屋敷を後にした。


この街に、筋を通す時が来た。

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