第10話
メッセージのやり取りは、それから毎日の日課になった。朝の通勤電車の中、昼休みの屋上、そして夜、ベッドに入る前。裕子と正樹は、お互いの何気ない日常を送り合った。
『今日は畑仕事が早く終わった。もうすぐ夏祭りなんだ。』
『この前のプロジェクト、上司に褒められたよ。』
短いメッセージの言葉の裏には、互いを気遣う気持ちと、離れていても繋がっているという確かな温かさがあった。
ある日、裕子は久しぶりに大学時代のサークル仲間と会った。松本健太もその場にいた。相変わらずスマートで、都会的な空気をまとっていた。
「裕子、最近、なんか変わったな」
二次会に向かう途中、健太は裕子に言った。
「そうかな?」
「うん。なんか、芯が強くなったっていうか…顔つきが違う」
健太は、以前にも増して裕子に優しく、そして積極的に話しかけてきた。東京でのキャリアや、将来の夢について、熱心に語る彼の姿は、裕子が昔から知っている健太だった。でも、今の裕子には、彼の言葉はどこか遠く感じられた。
彼の話を聞きながら、裕子はふと思った。健太が話す「将来」には、いつも彼女がいた。でも、裕子が心の中で思い描く「将来」には、いつも正樹がいる。
その夜、裕子はアパートに帰ってすぐに、正樹にメッセージを送った。
『正樹さん、今何してる?』
『もう寝るところ。そっちは?』
『少し寂しい』
『どうしたんだ?』
『ううん、なんでもない。おやすみ』
メッセージを送り、裕子はベッドに潜り込んだ。
寂しかったのは、東京での生活に、心から満足できていない自分に気づいてしまったからだ。健太と会うことで、自分が本当に求めているものが、ここにはないことを痛感したのだ。
翌朝、裕子は決意した。
夏祭りの日、有給休暇を取ろう。そして、もう一度あの海辺の町に行こう。
スマホのカレンダーに、小さな文字で「夏祭り」と書き込んだ。
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