潮風と、ひまわりの道

トモさん

第1話

夕暮れの光が、車窓から差し込む。アスファルトの照り返しが目に痛い。東京を離れて数時間、ようやく見慣れた景色が近づいてきた。カーラジオから流れる流行りの曲を消し、裕子は大きく息を吐く。肺いっぱいに広がるのは、都会の埃と、ほんの少しの安堵感だった。


渡辺裕子、22歳。新卒で入った飲食店で、文字通り毎日を駆け抜けてきた。閉店後のミーティング、連日の残業、そして常に自分をすり減らすような人間関係。気づけば、朝起きて最初に感じるのは「疲れた」という感情で、鏡に映る自分の顔は、なんだか別人のようだった。


「リフレッシュしてきなさい」


電話口でそう言った母の声は、心なしか震えていた。裕子は実家に帰る口実を探していたのかもしれない。このままでは自分が壊れてしまう、そう思ったから。


高速道路を降り、なだらかな坂道を下る。潮の香りが微かに漂い、遠くで波の音が聞こえてくる。高校生まで過ごしたこの町は、東京とは何もかもが違っていた。信号も、ビルもない。あるのは、青い海と、背の高い入道雲だけ。


実家に向かう途中の細い農道に、見慣れない軽トラックが停まっていた。荷台には、瑞々しいトマトやキュウリが積まれている。そのそばに立つ男性が、ホースで水を撒いていた。Tシャツにデニムのオーバーオール。日に焼けた肌に、短く刈り上げた髪がよく似合う。


裕子は車をゆっくりと進める。すると、男性がこちらに顔を向けた。思わずハンドルを握る手に力が入る。彼は軽く頭を下げると、にっこり笑った。その笑顔は、太陽をそのまま映し出したような、眩しい笑顔だった。


こんなにまっすぐに笑う人を、裕子はしばらく見ていなかった。


次の瞬間、軽トラックの横を通り過ぎようとした裕子の車に、一匹の猫が飛び出してきた。急ブレーキをかける。と同時に、軽トラックの荷台から、積み上げてあった段ボール箱がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。箱の中に入っていた色とりどりの野菜が、道路に転がっていく。


「あ……!」


裕子は慌てて車から降りた。男性も驚いた表情でこちらを見ている。最悪の出会いだった。頭を下げ、謝罪の言葉を口にしようとしたその時、彼は意外なことを言った。


「怪我はないですか?」


彼の声は、夏の暑さによく冷えた風のように、裕子の心を通り過ぎていった。

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