第3話. 謎の影

 勇馬は再び車を走らせ、サニーと共に現場へ向かっていた。


「今日は突入? それとも偵察?」


 ダッシュボードに腰掛けたサニーが、まるで遠足前の子供のように弾んだ声を出す。


「偵察だ。まずは周りの様子を確かめる」


「つまんなーい。やっぱり事件は派手な方が映えるのに」


「派手な映え写真は、犯人を捕まえた後にいくらでも撮らせてやる」


「ふーん……じゃあ我慢するけど、帰ったらトップ画面で私をタグ付けしてよ?」


「……意味がわからん」


 現場近くの細い道に車を止める。

 車窓から見える赤い屋根の家は、昨日と同じように静まり返っていた。

 古びた外壁、雑草だらけの庭。物置小屋は錆びついて、窓ガラスにはひびが入っている。


 勇馬は双眼鏡を構え、敷地内を観察する。

 サニーはその横で、ポシェットから取り出した小型の双眼鏡を覗き込み――なぜかスマホのカメラを同時に起動していた。


「何してんだ」


「#犯人のアジトってタグ付けしようと思って」


「やめろ、バレるだろ!」


 勇馬が小声で注意すると、サニーは唇を尖らせてスマホをしまった。


「じゃ、ちょっと中の様子見てくる」


「待て。どうやって入るつもりだ」


「こうやってよ」


 サニーはぱちんと指を鳴らした。

 次の瞬間、彼女の姿がふっと薄くなり、まるで空気に溶けるように消えた。


「……消えた?」


「ほら、ここよ」


 耳元から声がして振り向くと、透明なサニーがにやりと笑っている。

 光の加減で羽の輪郭がかすかに見える程度だ。


「千年前から使ってる隠密魔法(インビジブルヴェール)。これなら人間の目には映らないの」


「ほう、便利だな……。でもオレには見えてるみたいだぞ。」


「ただし!」


 勇馬の言葉をさえぎって、サニーが人差し指を立てる。


「写真を撮ると映っちゃうのよ。だから、盗撮は厳禁」


「誰が盗撮するか」


 サニーはそのまま庭の方向へ飛び去った。

 勇馬は車の中で息を潜め、戻ってくるのを待つ。

 数分後、羽音と共にサニーが姿を現した。


「中、暗くてジメジメしてた。あと……変な匂いがしたわ」


「変な匂い?」


「うん。血みたいな、でもちょっと甘い匂い。あと、部屋の奥に変な水晶が置いてあった」


 その言葉に、勇馬の眉が動く。


「水晶……?」


「触ったら、ビリッてした。魔力を持ってるやつね。たぶん、私をこの世界に呼んだ時に使われたのと同じ種類」


「……ってことは、犯人がそれを使って何かしてるってことか」


「うん。でも今日は誰もいなかったわ。だから――」


 サニーが言いかけた瞬間、家の裏手から足音が響いた。

 勇馬とサニーは同時に顔を見合わせる。


 裏口の扉が開き、黒い帽子を目深にかぶった男が姿を現した。

 両手には、何かを包んだ麻袋。


 その袋の底から――赤黒い液体が、ぽたぽたと地面に滴っていた。

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