俺の相棒は承認欲求強めの妖精です

韋駄七夢

第1話. サルと妖精と俺の宿敵

「お疲れ様だったな」


 夕暮れの交番前に、泥だらけの制服姿で立つ勇馬を、同僚が笑いながら見送った。


「結局にげられちゃってさ。今日は散々だったよ……」


 今日一日、動物園から逃げ出したサルを追って町中を走り回った結果、顔には引っかき傷、シャツは泥と汗で見る影もない。


*****************


 自宅の玄関を開けると、台所から妹の明美が顔を出した。長い髪を後ろでまとめ、エプロン姿で夕飯の支度をしている。


「あ、それがサルにやられた傷ね。ひどくやられたわね」


 口元にはくすくす笑いを堪えきれない様子だ。


「……テレビにも映ってないはずだろ? なんで知ってるんだ?」


 勇馬が眉をひそめると、明美はスマホを掲げた。


「ほら、ここに写ってるもん」


 画面には駅前でサルと格闘する勇馬の姿が鮮明に映っている。複数の角度から、まるで現場に何人もカメラマンがいたかのようだ。


「このアカウント、百万人もフォロワーがいるインフルエンサーなのよ。『名探偵サニーの事件簿』っていうの」


 明美の指が画面をスワイプし、次々と奇妙な写真が現れる。東京タワーの先端を間近で撮った一枚、上空からの街並み、誰も撮れるはずのない瞬間ばかりだ。


「どうやって撮ってるんだ……ドローンでもないよな」


 訝しげにスクロールしていた勇馬の指が、ある一枚で止まった。


 庭の木に登ったサルを写した写真。その木の下、何気なく写り込んだ男の顔に、勇馬の全身が固まる。


「あいつだ……!」


 五年前、自宅に押し入り、両親を殺害した指名手配犯。その顔を、勇馬は一瞬で見抜いた。


「本当だ……」


 覗き込んだ明美の声が震える。彼女の瞳には、あの日の記憶が蘇っていた。


「場所は……分からない」


 勇馬は唇を噛む。


「でも、このサニーってやつに聞き出せれば――」


*****************


 翌日、勇馬は警察署のサイバー担当の友人・小田を訪ねた。


「個人的な相談は無理だって!」


 小田は手を振ったが、勇馬はそっとキーボードの横に人気声優のライブチケットを置いた。


「……で、用件は?」


 小田の指がキーボードを叩く音が早くなる。


「このアカウント、毎回同じ公共Wi-Fiから投稿してる。場所は――国立公園だ」


 小田から受信した地図には公園の一角に赤い円が描かれていた。


*****************


 日が暮れ、公園はひんやりとした空気に包まれていた。

 勇馬は半信半疑で林の中を進む。


 足元の枯葉を踏みしめる音がやけに響く。――その時、耳に高く澄んだ笑い声が届いた。


「ウシシ、今日も“イイネ!”が大漁大漁~」


 声を頼りに進むと、大木の幹にぽっかりと空いた洞(うろ)があり、そこから暖色の光が漏れていた。

 息を潜めて近づく。光の中に、小さな影が見えた。


 黄金色の髪が外にカールし、肩甲骨から透明な羽が震えている。羽は蛍のように淡く光り、洞内を照らす。

 影は背丈ほどのスマホを抱え、画面を覗き込み、にやにやと笑っていた。

 信じがたい光景に、勇馬は思わず息を呑んだ。


「今日のサルは傑作だったなぁ……人間はいつも面白いことするね」


「……なんだ、あれ……」


 声が漏れた瞬間、光の少女がピタリと振り向く。

 丸い瞳が俺をとらえた。


「えっ……あなた、私が見えるの?」


 間近で見ると、少女のような容姿に、背中の羽が光を零しながら上下していた。


「えっと……君が、“名探偵サニー”さん?」


 自分でも信じられない質問を口にしていた。

 だが目の前の少女は、まるで猫のように首をかしげ、小刻みに頷く。


「そうよ! って、なんで人間が私の姿を見られるの? 魔法はちゃんとかけてるのに……」


「魔法……?」


 半信半疑だった。だが、その容姿から有無を言わせぬ説得力が伝わってくる。


「オレは勇馬。君に頼みがある。ある写真を撮った場所を教えてほしい」


「やだ。めんどくさいもん。私はね、いっぱい“イイネ!”がもらえればそれで幸せなの」


 即答だ。子どもみたいな断り方に思わず苦笑する。

 羽をくるくると回しながら、わざとそっぽを向くサニー。


「場合によっては、“イイネ!”がいっぱいもらえるかもしれないなぁ……」


 勇馬は声を落とした。羽がピタリと止まる。


「……場合によっては?」


「この写真の男は、指名手配犯だ。警察も手がかりがなくて困ってる。もし場所を突き止められたら、大ニュースだ。SNSで拡散すれば、君は――」


「……ヒーローインフルエンサー……!」


 サニーの目が輝く。だが、すぐに口を尖らせた。


「でも、手間かかるし、私のスマホ古いし……」


「解決したら、新しいスマホをプレゼントする」


 その瞬間、彼女の羽が一気に広がった。


「それ、最新型?」


「ああ。カメラも性能がいい」


「広角? 望遠も?」


「もちろん!それにAIもついてる!」


 サニーは腕を組み、わざとらしく考えるふりをする。


「ふ、ふーん……しょうがないなぁー。じゃあ――協力してあげる!」


 宣言すると同時に、羽がぱたぱたと動き、金色の光が宙に舞った。


「よし、契約成立だな」


「契約っていうより、コラボね」


 サニーは口元を上げ、勇馬の肩にちょこんと座った。


 こうして、奇妙なコンビが結成された。

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