第13話 入学試験 参
俺が赤鬼を倒した後、大勢の受験生たちが大騒ぎだ。
「馬鹿な!? 赤鬼は熟練の祓魔師でも苦戦する相手なのに!?」
「な、なんだよ『ふぁいあろー』ってのは!? あんな陰陽術なんて聞いたことない!?」
「そもそも陰陽術は物質に霊力を刻むはずだ。でも今のはなにもないところから、炎を生み出したような……」
みんなが俺を奇異の目で見てくる。
この世界での魔法はあらゆる意味で異質だよな。
まず名前がカタカナなことだ。
この日本では英語に馴染みがないので、ファイアもアローも意味がわかってないのだ。
英語はこの世界に存在するんだけど、身近にないのでわからないのだ。
例えばアグニアストラと言われても、大半の人が知らない感じ。
ちなみにアグニアストラは、ヒンディー語(インド)で炎の矢だ。
すると六紋さんが慌てて俺に近づいてきた。
「嘘でしょ!? 赤鬼を倒しちゃうなんて信じられない!」
「相手が油断していたのも大きかったです。それよりも試験官の人を助けないと」
地面に倒れている試験官の人に目を向ける。
彼は赤鬼に殴られて吹き飛び、腕が変な方向に曲がっている。
……赤鬼が軽く殴っただけで、成人男性の身体が壊されたのだ。
よくそんな化け物に勝てたな、俺。
そんなことを考えながら、急いで試験官の人に近づく。
……と、とりあえずやれることをしよう。
「ヒー……」
だが最後まで呪文を唱えられなかった。
「おい! 強力な妖怪の気配を感じたぞ! どこに行った!?」
アゴヒゲ試験官が遠くから駆け寄って来た。
アゴヒゲ試験官は身の丈ほどある太刀を、なんと両手にそれぞれ一本持って二刀流だ。
凄まじい怪力だ。両手でも振り回すの大変そうなのに。
というか普通に怖い。巨大な太刀を二本構える姿は、下手すれば赤鬼よりも迫力がある。
「おいどうした! 黙ってないでなんとか言え! あんな妖怪を逃がしたら大きな被害が……!」
「あ、あの! 信じられないかもしれませんが、九条蒼真が赤鬼を祓いました! 餓鬼の封印札に赤鬼が混ざっていて、現れた赤鬼を九条蒼真が……」
すると六紋さんが叫んだ。
「……馬鹿な。赤鬼を九条蒼真が祓った? そもそも赤鬼が封印札に混ざることがあり得ないし、受験生が倒すなど不可能だが……」
アゴヒゲ試験官はギロリと俺を睨んでくる。
「おい九条蒼真。いまの話は本当か?」
「は、はい」
アゴヒゲ試験官はジーっと俺の目を見てきた。
凄まじい眼力だ。紙に穴くらいあけられそう。
するとアゴヒゲ試験官は両手の太刀を地面に突き刺して、腕を組んで少し空気をやわらげた。
「嘘ではなさそうだな。にわかには信じられんが」
「私も信じられませんが事実です。九条蒼真は炎で作られた矢を放ち、赤鬼を二撃で消滅させました」
「……ほう」
アゴヒゲ試験官は怪訝な顔をした後、しばらく黙り込んだ。
そして頷くと周囲に視線を向けて。
「この件について
「い、いったいなにが起きてるんだ……」
「そ、そもそもさ。赤鬼って札に封印できる程度の妖怪ではないような……」
「た、たしかにそうだよな。餓鬼と同じように封印したら札の方が持たない。じゃあなんで赤鬼が札から……?」
か、箝口令? ……不祥事をもみ消す的なやつか?
ツッコミたいところだが、今はそれよりも大事なことがある。
「あ、あの。ところで試験官の人を介抱しなくていいのですか?」
さっきから倒れている彼が不憫でならないのだが。
いや本当に早く治療してあげないと命に関わりそうで……。
「すでに念話で救護班を呼んでいる。いまは霊薬を持ち合わせてないし、医術の心得もないからな。俺にできることがない」
さっき黙り込んでたのって、念話とやらで誰かとやり取りしてたのかな?
そして放置していたのではなく、手の打ちようがないだけか。
それなら俺が回復してあげたほうがよさそうだ。
「じゃあ私が癒しますね。ヒール」
倒れている試験官の人にヒールをかけると、彼の変な方向に曲がった腕が正常に戻っていく。
また全身の切り傷なども完治し、おそらく赤鬼にやられる前の状態になった。
……おおう。思ったよりすごいな回復魔法。
《聖魔法の習熟度が1000上昇しました》
そして聖魔法の上昇値がすごい。
やはり怪我人を治癒したほうが上達するのか。
「なっ!? 骨折を治した!?」
「どうなってるんだよ!? 霊薬なしで癒すなんて無理だろ!?」
すると周囲の受験生たちがまた騒ぎ出した。
霊薬は簡単に言うとポーションである。この世界での回復魔法的なモノは、霊力を込めた薬を作る必要があるのだ。
「れ、霊薬なしで怪我を癒すとは……信じられねえな。どうやらお前は聞いている以上におかしな奴だ」
アゴヒゲ試験官は驚いた様子で、目を見開いている。
「聞いているとは?」
「俺はお前の父と知り合いなんだ。いちおう聞いてたんだよ。身内びいきは出来ないから、お前の試験官からは外れたが」
……父上、あの喋りでどうやって伝えたんだろう?
正直気になるがいまはそれどころじゃないか。
「おいおまえら! 試験はいったん中止だ! 後日やり直す! いままでに結果が出た奴はそれで決まりだ!」
流石に試験中止か。この状況では仕方ないよな。
そういうわけで俺は元来た道を戻り、牛車に乗って自宅へ帰るのだった。
そして明朝、家に式神の手紙がやってきた。
文面には赤鬼の封印札が混ざっていたことの謝罪だ。おそらく何者かが意図的に混ぜたが、仔細は捜査中とのことらしい。
どうやら不祥事をもみ消すわけではないようだ。
まともな学校でよかった。
――そして俺の合格通知が記載してあった。
赤鬼を退治したと見なして、合格にするとのことだ。
俺、試験してないのだけれど……いいのかな?
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