第3話 無限湧きの余波

 貴金属業者「品川貴金属」で金塊を売り、大金を手に入れた健一。その後もさらに数回、こっそり金塊を売却した。仕事を辞め、日がな一日通帳の数字を眺める。この金で何をしようか……などと考えるも、結局スーパーとパチンコ屋以外に足が伸びない。豪遊しようにも、「何をすればいいんだろう」などと考えて体が動かなかった。ハワイ旅行、世界一周、両腕に美女……どれも現実味に欠けている。


 健一がぼんやり過ごしている間も、裏庭の異変は止まらなかった。金塊は毎日のようにモコモコと湧き出し、物置の段ボールはすでに十箱を超えた。金は重く、持ち運びには不便だ。炎天下の裏庭に出て、一つ残らず集めて収納するのは骨が折れる。次第に健一は金塊回収をサボるようになった。


 数日もすると、雑草の高さを軽く超える金塊の山がそびえ立った。朝日を浴びてキラキラ輝く金の山は、まるで映画のセットのよう。だが、近所の目が気になる。ある夜、懐中電灯を持った怪しい影が庭をうろつく音で目が覚めた。窓から覗くと、地元のヤンキー風の若者がリュックを背負い、塀を乗り越えて走り去るのが見えた。


 その後も、無断侵入者は後を絶たなかった。夜中に塀を乗り越え、金塊の山に着地する足音が幾度も聞こえた。侵入者だけじゃない。道行く人々が、物欲しそうに外から裏庭を眺めるようになった。


 健一は、金塊泥棒が次第にどうでもよくなった。なぜなら盗まれた金塊の量など誤差の範囲で、金塊は減るどころか増える一方だったからだ。すでに健一が経験している通り、金は大量に持ち運ぶのが難しい。重機を使えば別だが、人の手で持ち去れる量などたかがしれている。金の湧き出すペースは、盗まれる量を遥かに凌駕していた。庭の金の山は雑草を埋もれさせ、塀の高さを超え、二メートル近い高さにまで成長していた。


 健一を悩ませたのは、金塊泥棒ではなかった。連日のように、窓の外から騒々しい声が聞こえてくる。


「おい、見ろよ! また金が道路に転がってる!」

「マジで奥野さんの庭、金鉱でもあんのか?」


 おもむろにカーテンを開けると、家の前の狭い道路に人だかりができている。近所の主婦、学生、散歩中の老人、さらには見ず知らずの若者がスマホを手に金の山の写真を撮っている。道路には塀からこぼれ落ちた金塊がゴロゴロと散乱し、朝日にキラキラ輝いている。塀がなぎ倒されるのも、時間の問題かもしれない。


 酒とツマミを買いに出ると、主婦の一人が「奥野さん、これ何なの? 金塊なんでしょ? どこから出てきたの?」と詰め寄ってくる。健一は「これは親父の遺品で、こういう偽物を集めるのが好きだったらしくて……処分に困って」ととっさに誤魔化した。しかし、道路からはみ出た金塊を誰かが持ち去り、鑑定でもされたんだろう、「奥野家の裏庭に、大量の純金が放置されている」という事実はあっという間に人々に共有された。もはや小手先のウソなど無意味だった。


 ある日突然、けたたましいクラクションが鳴り響い。地元ケーブルテレビのロゴが入ったバンが家の前に停まり、マイクを持ったリポーターとカメラマンが降りてきた。


「奥野健一さん! こちら千葉ケーブルニュースです! 噂の金塊についてお話を伺えませんか!?」


  リポーターのハイテンションな声に、健一は後ずさりした。しかし安眠を邪魔されたことに対して、次第に怒りが湧いてきた。


「何なんだお前ら、帰ってくれ!」


 健一は声を荒げ、手を振って追い払おうとした。しかしリポーターはグイグイ迫ってくる。「視聴者の皆さんに真実をお届けしたいんです! この金塊、どこから? 宝くじ? 遺産? それとも何か秘密が?」


 カメラのレンズが健一の顔に迫り、フラッシュがバチバチ光る。野次馬たちは「すげえ、テレビだ!」などと囃し立て、ますます人が集まる。道路は人で埋まり、近隣の駐車場まで溢れ出した。


 混乱の中、黒いバンが滑り込んできた。今度は全国ネットの朝ワイドショーのクルーだ。「奥野さん! 『日本のグッドモーニング』です! 金塊男として一躍有名になっていますが、インタビューお願いします!」


 若い女性リポーターがマイクを突きつけ、ドローンが上空でブンブン飛びながら庭を撮影し始める。


「勝手に撮んじゃねぇ!」


 健一は声を張り上げた。が、声は野次馬の喧騒にかき消される。庭の金塊の山がドローンの映像に映り、リアルタイムで全国放送されていると思うと、健一の背中に冷や汗が流れた。


 さらにあるとき、Xでバズったインフルエンサーが現れ、スマホでライブ配信を始めた。


「よお、みんな! ここが噂の金塊おじさんの家だぜ! 見て、この金! すっげえ!」


  若者はフェンスに登り、金塊の山をバックにキメ顔で自撮り。コメント欄には「ガチ金鉱!?」「俺も欲しい!」という書き込みが並ぶ。


 昼夜問わず、奥野の家は騒ぎの渦中にあった。家の周りはメディアのバンや野次馬で封鎖状態。地元新聞、週刊誌、YouTuber、さらには海外メディアまで現れ、英語や中国語で質問が飛ぶ。健一は玄関にバリケード代わりの段ボールを積み、部屋に閉じこもった。外出は最小限、マスクとサングラスで顔を隠してスーパーに行くだけ。パチンコもやめた。


 テレビをつけると、どのチャンネルも「千葉の金塊男」特集だ。経済学者が「この金が市場に流れると、金価格が暴落する」と真顔で解説し、芸能人が「私も金塊欲しいな~」と笑う。健一はビールを一気飲みし、「俺の人生、終わった…」と呻いた。玄関に「取材お断り」とマジックで書いた段ボールを貼ってみたものの、効果はない。


 世間に向けられた好奇の目を前にして、奥野健一のプライバシーは無に帰した。

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