自宅の裏庭から無限に金の延べ棒が湧くようになった
武州人也
第1話 裏庭のゴールド
人生のほとんどの時間を、非正規の仕事で食いつないできた。コンビニの深夜バイト、工場のライン作業、警備員、イベント会場の設営、果ては清掃員まで、職歴はまるで雑多な寄せ集めだ。履歴書には書ききれないほどの職を転々としたが、どれも長続きせず、貯金はほぼゼロ。
唯一の財産は、五年前に亡くなった母親から相続した、千葉県郊外の古びた一戸建て。築五十年に迫ろうという木造家屋は、壁のペンキが剥がれ、雨戸はガタガタ、屋根瓦は一部欠けている。真夏の炎天下に雑草むしりなんてしたら熱中症で倒れてしまうと思って、名も知らぬ草が占拠した庭を放置している。それでも、健一にとってここは唯一の居場所だった。
人間関係は希薄そのもの。職場では必要なこと以外ほとんど話さない。友人は二十代の頃に疎遠になった。携帯の連絡先には、歯医者とピザの宅配番号くらいしか登録がない。休日は誰とも話さず終わる。
趣味はテレビと缶ビール、週末は近所のパチンコ店で時間をつぶす。負けが込むと「もうやめよう」と心に誓うが、翌週にはまたスロットの前に座っている。職場の若い衆がNISAだ株だ資産防衛だと話しているのを、「俺にはそんな金ねぇんだよな」と思いながら聞いている。そんな変わり映えのしない生活が、健一の日常だった。
その朝、健一はいつもの二日酔いで目を覚ました。朝といっても日はすでに高く、時計の時針は10を過ぎている。昨夜、テレビの再放送で時代劇を見ながら、缶ビールを四本空けたのが効いている。頭がズキズキし、口の中はカラカラだ。時計を見ると午前十時半。今日は珍しくシフトがない日で、健一は「どうせやることねえし」とつぶやきながら、ヨロヨロとベッドから這い出した。
冷蔵庫を開けると、中にはビールと納豆。インスタントのコーンスープでも飲むか、と、使い古しのマグカップに粉をドサッと入れる。電気ケトルでお湯を沸かす間に、ぼんやりと窓の外を眺めた。
裏庭は相変わらずの荒れ放題だ。よくわからない背の高い草とか、やたらと伸びまくるツル性の草で、もはやジャングル状態。雑草の間に、空き缶やペットボトルが転がっている。去年、近所の子供がボールを庭に投げ込んだまま放置していたのを思い出したが、拾う気力もない。
「そのうち片付けりゃいいか…」
と独り言を漏らした。すると、視界の端で何かキラッと光った。目を凝らすと、庭の隅、物置の裏の土の地面が、妙に盛り上がっている。いや、盛り上がるというより、まるで地面が呼吸しているように、ポコポコと動いているのだ。そこからキラキラと金色に輝く塊が、まるで温泉の泡のように浮かんでくる。
「は? 何だあれ?」
健一は目を擦った。幻覚かと思ったが、光は消えない。スリッパのまま裏庭に飛び出して近づいてみた。
「なんだこれ、ビールの空き缶でも埋まってんのか?」
健一の、最初の感想はそれだった。金属光沢っぽい光り方だったからだ。でもよく見ると、塊の形は角ばっていて、空き缶のような円柱形とは違っていた。断じてビールの空き缶なんかじゃない。それに……空き缶なんかよりもずっとゴージャスな光沢をしている。
少しだけ、素手で土を掘ってみた。地面から出てきたのは、まさに「金の延べ棒」そのものだった。試しに一つ拾い上げると、ずっしりと重い。表面は滑らかで、朝日を浴びてきらきら輝いている。こんなものが、うちの裏庭にあるはずがない。きっと金メッキだろう。そう思った健一は、表面を爪でガリガリ削ってみた。けど表面は非常に硬く、メッキが剥がれ落ちるような様子はない。それに第一、手に持っていると重すぎる。重さ的に、プラスチックやアルミじゃない。もっと重たいものだ。そう……本物のゴールドのような。
健一は慌てて家に戻り、スマホで「金 見分け方」と検索。マグネットを近づけるとくっつかない。キッチンの計量カップで水をかさ上げし、比重を測ってみると、ネットに書いてある金の密度19.32g/cm³にほぼ一致。
「マジで…金? 純金?」
健一は腰を抜かしそうになりながら、段ボール箱を二つ引っ張り出してきた。庭に戻り、金塊を次々と段ボールに詰め込む。真夏の暑さが容赦なく健一を焼いたが、興奮した彼は意に介さない。
段ボールを中に運び込んだ後、スマホで金の相場を調べてみた。すると、1キロで約1500万円。世界的なインフレ、各国中銀の買い集め、地政学リスク……とにかくいろんな要因で、金価格は歴史的に高値らしい。今手元にあるこれは……多分、余裕で億は行く。
混乱しつつ、健一は段ボールを物置に隠した。心臓がバクバクする。頭の中では「億万長者だ!」「いや、詐欺か?」「誰かにバレたらヤバい!」と様々な考えがぐるぐる回る。とりあえず、ビールを一本開けて気持ちを落ち着けようとしたが、手が震えてプルタブがうまく開かない。目の前の金塊はあまりに現実離れしていて、まるで夢の中にいるようだった。
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