第29話:オリヴィアの言霊

「どうこれ? 似合っているでしょう」

「似合うも何も、顔見えないのですが……」


 リヴィの変装姿を見て困惑する。彼女が選んだのは教会のシスターの衣装つまり修道服とベールであった。身長の高い彼女は何を着ても様になりそうだが、顔が見えないのでなんとも言えず困っている。


「そこは似合っているというのですよ。さてはアスター、モテませんね?」

「ソフィア一筋なのでその煽りは効きませんー」


「……あなたのその格好は結構、様になっていますよ」

「確かに、何が様になっているのかわからないけど、そう言われると嬉しいな」

「でしょう」


 僕は普通のシャツ、ベスト、ストレートのズボンそしてペンダントとランタン。

 パッと見たらランタン持ちファロティエである。


 王城からまっすぐ進んだ城下町を二人で歩く。


「それで、僕を連れ出したのは他に理由があるんじゃないのか? いきなり散歩行こうなんて怪しいぞ」


「……そうね。もうソフィアも目にしている頃かしら」

「何を?」


「私たちは土地神の一部を体、心臓に移植しているのはわかったでしょう。そしてそれと同時に私たちは二つの試練を与えられたわ」


 試練? 今まで生きてきて感じたことはないけれど何だろうか。


「一つ目は寿命がなくなること、二つ目は力を使いすぎると自身が土地神となり、自身の神域内で一生を過ごさなければならなくなること。これらから解放されるには他人に継承するしかないわ」


 二つ合わさると、神域の中で永遠を生きることになるのか。


「でも、それがわかっているということは、そうなった人がいるということだよね?」

「えぇ、この本の著者である“錬金の権能”と“保存の権能”がそうね。この二人は自身が男であるのにも関わらず、千年前にリヴァイアサンを移植した人物よ。ずっと魔法を使い続けて未来私たちのために孤独と戦っている」

「なぜ二人が?」

「錬金は戦いの中で土地神化したらしいけど、保存はEARthを守っているのだそうよ」


 なんとなくだが、彼らは自身が土地神化することを承知で魔法を使ったのだろうと思った。人類のために、身近な人のために、自分が犠牲になってまで。


「それが私は怖い。自分で人類のために戦うと言っても、力を使って孤独になるのが怖い。あなたを見た時、同じ苦しみを背負うかもしれない人が実際に、私以外にもいるって、少し嬉しくなったの。ごめんなさいね」

「いいさ。それが宿命なんだろ。僕は受け入れる」

「アスターは私より随分年下なのに覚悟が決まっているのね。私は何かあった時、この力を振るえるか不安だわ」


 リヴィの不安もわかる。だが、僕は不思議とそんなものだよな。と受け入れていた。力には代償がつきものだ。──透視って地味すぎる気もするけど。


「リヴィ。顔近づけて」

「なに?」


 ヒソヒソ話をする距離で彼女を強い眼差しで見つめる。


「未来の孤独に怯えているようなら、僕がいる。僕の下で安心して神になってくれ。だから、人類のためになんでも口に出せ。言霊はそのためのものなのだろう? 同士の言葉くらいは受け入れるよ」


「──アスター。私と結婚しましょ?」

「いや、僕はソフィア一筋だから」

「即答。受け入れるのじゃないの?」

「それはそれ、これはこれ。でも、僕の隣でのは大歓迎だからね」


 ベールでリヴィの表情は分からないが、声色は随分柔らかくなったように思う。


「怖くなくなった?」

「……とりあえず私が土地神になるときはアスターも道連れにすることが決まったわ」


 怖いわ。鼓舞したの間違いだったか?


 本で目にしているであろうソフィアはどう思っているのだろう。自分の恋人に寿命がないと知ったら。魔法を使い続けると土地神になると知ったら。

 王城に戻ったら何を言われるだろうか。それだけが心配だ。


「こんな弱音をみんなに聞かれるわけにはいかなかったから、連れ出したの。ありがとね」

「いえいえ、魔法、じゃんじゃん使っていこう」

「……そこまで楽観的になるにはまだ時間がかかりそうだわ」


 やるべきことは定まった。道も見えた。人類の救い方も敵も味方も。不安が消えた。今はこれがたまらなく嬉しい。


「じゃあ、敵情視察に行くわよ。透視してなにか気になるところがあったら言って頂戴ね」

「了解。僕にもお目当てのものがある。見逃しがないように探すよ」


 僕がこの国で一番気にかけているのは、定在波型一口加速管とその金型の有無だ。あるのであれば見つけたい。


 街の中は警備のために多くの騎士や兵士がいる。怪しい動きはそうそうできないはずだ。行われるとしたら建物の中。

 大変失礼であるが隈なく覗かせてもらう。


「そういえば、言霊って誰にでも命令できるの?」

「そんな便利なものではないわ。私のことを味方と認識している人だけね。どうやら魔力が相手の脳を刺激して電気信号? を出させるらしいの。それで相手は無意識に行動してしまうのだそうよ」

「味方だけ……命令を素直に受け入れられる者のみということか」

「そうよ」


 敵に使えたら最強なのだけどとか思ったが、そう上手い話はないか。


「私もアスターも使い所を考えないと戦いではなかなか苦労しそうよね」

「でもその権能を使ったリヴァイアサンは強かったのだろう? なら大丈夫だよ」


 繁華街を歩いていると気になるものを見つけた。


「リヴィ。この建物、工場こうばだ」

「──ここ繁華街よね?」

「あぁ、工場は工業地域のみに建設できるはずだよな……」


 定在波型一口加速管を製造していなくとも違法である。

 その建物は一見すると横に併設された飲食店の倉庫であった。明らかに偽装されており、鋳造で使われるような鋳型がいくつも置かれている。


「リヴィ、今ここに人はいない。潜入しよう」

「いいけど、錠がかけられているでしょう。どうするの?」

「こうするの」


 左手を錠の金具にあてがい、そのまま魔力を何回か鋭く放出させる。

 しばらく続けているとカキンッと鳴ると共に錠が地面に落ちた。


「……そんなことできるのね」

「トカゲの臓器を移植したらできるようになった」

「なかなか狂っているわね。ゾッとしたわ」


 自身の肩を抱くリヴィに少し傷付きつつ、地面に落ちた錠をポケットにしまい、扉をゆっくり開けると熱気と金属臭がムワッと襲ってくる。


「この熱気、最近使われていたな」

「こんなところが城下町にあるなんて」


 壁側にずらりと並べられた石膏や金属の鋳型。見る限りそのほとんどが小型鋳型であり、加速管を作れるようなものは無かった。


 鋳型を乾燥させる乾燥棚には何も置かれておらず、触ると微かに熱を感じる。


「もう持ち出された後か……」

「何を作っていたのか気になるわね」


 何か参考になるようなものが転がっていたらいいのだが、床は不自然なほど綺麗に片付いている。目につくものは定盤、わく、スコップ、ハンマーなどの一般的な道具ばかりだ。


「この作業机ってなにに使っていたのかしら?」

「見た感じ、今までの設計図がしまって……ん?」


 透視魔法を使って見たところ、鍵のかかった引き出しには大量の書類が仕舞ってあった。その中の一枚に目が止まり、思わず鍵に左手が伸びる。


「ちょっと! いきなり何しているのよ」

「しーっ。気になるものがあったんだ。この鍵と玄関の鍵代を合わせても、とんでもないお釣りが来るものが」

「もちかしてお目当てのもの?」

「その設計図かもしれない」


 僕が作成した加速管の設計図。その一部が仕舞ってあるのだ。早る気持ちを抑えつつ、音を抑え、中の書類を傷つけないように左手で鍵を壊す。


「これがお目当ての設計図?」

「そう。僕が作成した物と一緒だ。後ろにはその論文もついてる」

「でも論文の著者はアスターじゃないようね」


 綺麗に名前だけ書き換えられている。盗作か。

 一枚ずつめくって確かめるが、名前以外は。おかげで助かった。


 以前、論文作成時にソフィアが推敲して、問題箇所を付箋で知らせてくれていたとき。彼女は僕に耳打ちして何枚かの付箋をわざと引き抜いていた。

 そのとき耳打ちされた内容は“アルメリア訛りの文章やスペルのいくつかを残しておくこと”だった。


「帰ったらソフィアに感謝を伝えないとな」

「? いきなりどうしたのよ」

「ともかく、これは僕の論文だ。問題はこの設計図が工場にあること。これはアルメリア帝国軍と教会の戦いで使用された、凶悪な兵器の元になった設計図だ」


 自分で言っていて感じる悲しさはもう無くなった。これは敵だ。人類の繁栄のために、我が子をそう割り切るのに躊躇いは無い。サルビアで経験した全てが道を示し、僕をそうさせてくれたのだ。


「そう。じゃあ、ここで作られていた可能性は高いわね」

「あぁ、この場所に教会の息がかかっている可能性も高い」


 これは後で報告しないとな。


「──動くな。おい、シスターとランタン持ちがそこで何してる」

「!!!」


 背後から聞こえる静かで怒気を含んだ声が、僕らの動きを止める。

 足音的には一人だろうが、凶器を手にしているかもしれないし、魔法を使えるかもしれない。横には表情の見えない王女もいる。どうしたものか。


「おい、そこのランタン持ち。その物騒なランタンを置いてもらおうか」


 仕方なく指示に従うか──


「置いてはダメ」


 リヴィの小さな声を聞き、ピクリとも腕が動かなくなる。これが言霊か。


「ちょっ、嘘でしょ? 腕動かないけど。後ろの男、何するか分からないよ?」

「私の命令の方が大切でしょう?」

「そりゃそうだけど」


 状況によるのでは? そんなことは口が裂けても言えない。


「何ごちゃごちゃ言ってんだ。いいから物騒なものを置けと言ってんだ」

「物騒なものを置くのはあなたです。私たちが誰だか分かりませんか?」

「後ろ向いてベール被ってるやつが何言ってんだ。ランタン持ちもこの辺では見たことねぇ、そんな奴ら相手に警戒解けるかよ」


 大正解。ほんとにこの女は何言ってるんだって思いますよね。

 でも、そういうスタンスで行くのはわかった。ここからは僕の番だ。


「僕らが誰か分からないのは仕方ない。ただ、この研究の発表者として一つ言わせてもらう。教会にあてがわれたのがこの地だとしても、もう少し換気のできる設備を作るのだな。これでは金属の純度が下がり、砲身の耐久力が下がってしまいかねない。もし、望むなら教会にもっといい場所を提供してもらえるように言っておこうか?」

「貴様ら、この研究の事知ってるのか?」

「当たり前だ。言っただろう? この研究の発表者だと」


 後ろを向きながら論文と設計図をヒラヒラと見せる。


「ここで金型を作っていると聞いてくれば、誰もいない。鍵もかかっている。貴様は何も聞かされてないのか?」

「俺は、郊外に運ぶ手伝いをしていただけでちょうど──」


 僕は左手に持っていた論文と設計図をリヴィに押しつけ、後ろを向いたままのいる方にそこそこの力の魔力を放った。


 ガシャンという音をたて乾燥棚に突撃する男。周りに石膏や木片が散らばる。


「グゥゥ……。魔法使い。貴様、嵌めやがったな!」

「さっきの話、詳しく聞かせてもらおうか」

「──捕まるわけにはいかねぇんだよ!!」


 男は横にある石膏の鋳型をこちらに向かって投げつけてくる。リヴィを抱き寄せ、石膏をランタンで叩き落とすが、その隙に男は出口から出て行ってしまう。


 走れば追いつけそうだ。そう思って駆け出そうとすると、腕を掴まれる。


「私を抱えて走りなさい。後悔はしないわ」


 二度目の言霊。

 正直、王女を一人にする訳にはいかないが、人を抱えながら追いかけるのは無理があるだろ──と思っていました。


 資料とランタンを持ったリヴィを右脇に抱え、全速力で走る。

 この足はもはや自分の意思で動いているとは言いづらく、言霊により動かされているという方が正確であった。


「透視で犯人を見て方角を教えなさい。アスターの体は私が動かすわ」

「二時方向!」

「ならそこ右! 突っ切りなさい!」

「いや突き当たり壁なんですが」

「犯人だけに集中なさい! 今! 飛び越えなさい」


 言いなりになる僕は、自分でも信じられない身体能力を発揮していた。まさか、二メートル超えの壁を越えられるとは。

 それにしても言霊、バンバン使っているけど本当に怖く無くなったのか。


「言霊の力は普段の生活で無意識のうちにかけている制限を無視した動きができるのね。面白いわ」

「冷静な分析どーも。十時方向!」

「そのまま真っ直ぐ進みなさい。先回りします」


 というか、それ知らずにやっていたのか。ぶっつけ本番だった事実に震えながら、言われるがまま足を動かす。


 屋台で賑わう通りを小脇にリヴィを抱え疾走する


「ママー、あれなにぃ?」

「何あれ、誘拐かしら?」


 そんな声も聞こえないふりをして目標の男を見逃さないようにずっと透視し続ける。


「八時方向!」

「次、左曲がって迎え撃ちなさい」


 目標の男の先回りに成功し、出会い頭に先ほどよりも強めに吹き飛ばした。

 飛ばしたはいいが、目標の男は地べたをしばらく転がり続け、ピクリとも動かなくなった。


「強すぎよ。殺してないでしょうね」

「……いやぁ、これ僕の意思だったかなぁ、言霊だったような?」

「……強さまでは指示してないでしょう?」


 責任を押し付け合いながら、男の生死を確認する。透視で見た感じ、出血も骨折もない。肺も動いている。


「一応、生きてるね」

「そう。なら騎士を呼んで捕まえてもらいましょ」


 近隣住民に騎士を呼んでもらい、男を受け渡す。兵器の設計図、金型の話をしたら非常に驚いていた。まぁ、身分の証明のためにリヴィの顔を見た時が一番驚いていたが。


「調べれば郊外に運んだ金型の場所も次第にわかるでしょう。サルビアの尋問官は優秀ですから。それよりも、帰ったら私たちの身分証が必要ね。このままでいる訳にはいかないし」

「そうだね。それに、旅の準備は念入りにしておきたい」


 今になって疲労がどっと出てくる。恐るべし言霊。

 元凶のリヴィに視線をやると不思議そうに首を傾げていた。

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