第5話:夢を追う男たち③

 そんな僕の言葉にハンスは目を丸くする。


「そうだね──じゃあ、君の研究について改めて聞かせてもらおうか」

「わかりました。魔力を動力源としている魔道具の魔力効率を上げることで運用コストの削減や日用品など身近な魔道具を今よりも低い価格で広く普及することを目標に実験を始めました。そこで注目したのがカスミヌマヘビの生体構造です。エネルギー消費を抑えるために体の構造はシンプルですが、彼らは頭部に特殊な器官を二種類備えています」

「ほう」


 いかにも万人受けしそうな、考えてきた研究背景にハンスは淡白な相槌で応える。


「一つが敵や餌を感知するための魔力発振器官です。彼らの生息する淡水かつ流れの無い水辺において水中の魔力濃度は大きな環境の変化がない限りはほとんど一定に保たれます。彼らは魔力発振器官によって自分の縄張りに微弱な魔力を発振し、異物が入って来た時に生じる魔力濃度の差を感知することができます。そして二つ目、こっちが本題で研究の鍵になる少量の魔力を増大させる魔力増倍器官です。これにより彼らが扱う魔法は明らかに体内に保有している魔力量を超えたものになっています」


「外から取り込んでいるとかは無いのかな?」


「彼らの魔法を用いた捕食行動は魔力密閉を行なった状況下でも確認できています。また、先にも述べたように彼らの構造はシンプルであり、厚いゴム質の体表を持つことから、外の魔力を感知する魔力発振官のある孔以外はほとんど魔力を通しません。体内の作りについて詳細には把握できていませんが、魔力管が発達している事が予想できます」


 魔力密閉。魔力は物質を透過することができる性質を持っているが、通し難いものも存在し、一般的な方法としては高純度、高密度のそれらを何層にも重ね、魔力の出入りを防ぐ操作ことを指す。

 この方法は様々な魔法実験で用いられる一般的なものであるが、魔力にも幾つか種類があり、それにより透過率も変化するため、遮蔽材の組み合わせが大切になる。代表的な遮蔽材として挙げられるのはオリハルコン、アダマント、ヒヒイロカネ、ダマスカス鋼、ミスリルや入手のしやすいものだと鉛、玉鋼などがある。


 これにより、あらかじめ密閉した容器内の魔力濃度バックグラウンドと捕食行動後の容器内の魔力濃度を計測することで魔力濃度の変動を確認することができる。


「捕食後に容器内の魔力濃度の上昇を確認できました。そのため、体内に蓄えている魔力を魔力増倍官に通すことで二次的な魔力を生み出していると思われます。この仕組みの予想はついていますが、この生体内の構造を人工的に再現することを第一の目標にしています」


「ふぅむ。できそう?」


「はい。先に言ったように仕組み、構造については想像できます。半年間観察し続けました甲斐はありましたよ。問題があるとすれば再現するときの素材ですね。特殊な生体組織ですし、複雑な機能を持ち合わせていてもおかしく無いですから。でも、仮定通りなら大丈夫です。──何かあればハンス教授にも頼って良いでしょうか?」


「あぁいいよ。なんだって言ってくれたまえ」


 ほう、そう言うのなら早速お願いしてみよう。


「ではハンス教授にお願いがありまして、都合が合う時でいいので教授の体を使って透視の練習をさせてもらえないでしょうか」

「……研究に必要?」

「はい、とっても」


 しばらくの長考。他人に体の中を見られることは気分の良いものではないだろうが、ハンスなら研究を優先してくれるのではないかという淡い期待もあった。


 「いいだろう。そのかわりというのもなんだが、一つ提案をいいかな?」


 なんだろう。ハンスの言葉に少し身構えてしまう。


「再来月に開催される国際魔法開発学会に出てほしい。サルビアの枠が空いてしまったのだ。我々も国から参加を断られたらどうしようもないしね。今年はアルメリア、それも本学で開催されるから、誰か代わりに出してくれって言われていたんだよね」

「サルビアが……」

「彼らは今外交を制限しているからね──誰の何の意図かわからないけどね。魔石輸出国なのに、それも制限。周りの国も今はまだ大丈夫だが、出回っている量は減少している。だからこそ、君の研究の有用性はすぐに世界が認めるだろうね。どうだい?」

「願ってもいないお話ですけど、いいのですか? こんなに簡単に決めてしまって。他の生徒たちは……」


 国際魔法開発学会は多くのアカデミー生徒が“発表すること”を目標にする大舞台であり、毎年国ごとに決まられた枠数を毎年取り合い、特に秀でた研究が選抜される。

 勿論、学生が選ばれることは稀であり、過去アカデミー生徒の中で選ばれた者は上級生だけであった。


「確かに研究成果が熟してくるからという理由で上級生を推薦してくる教授もいたけど、時間をかけたからといっていい研究ができる訳でもないし、何より君の研究内容は先ほど確認した」

「……わかりました。是非やらせて下さい」


 そこまで評価してくれていたのか。かなり嬉しい。それに、実績を積むことができれば叔父にいい顔ができるだろう。


「よし、では発表タイトルは急ぎで考えてくれよ。資料はギリギリでも間に合うから。人手が足りないのなら誰かをスカウトしてもいい。そこは自分でやってくれ。オススメは魔法動物研究学のサレン教授の受講生だね。総数自体多いし、研究室に所属できてない二、三年生がいるかもね」

「僕、魔法学部の生徒からあまり好かれてないんですけど……」


 自分で言っていて悲しくなるが、周囲から好奇の視線を向けられていることは分かっている。さらに、僕が一年生にして自分の研究室を持っていることを快く思わない人も一定数いるのも……。


「まぁ、今は目の前のことを頑張りたまえよ。君の研究は本当になことに使えるからね。君が聞き上手だからかつい自分語りが多くなってしまったよ。遅くまで付き合わせて悪かったね」

「とんでもない。いい話をありがとうございました──って、もうこんな時間ですか」


 この研究室の外、アカデミーの中央にある時計塔を透視で見たら、二十二時。あと二時間で一日の終わりを迎えてしまう。


「ふーん。便利なものだね、それ」

「慣れないといけないですから」

「わざわざ言うことじゃないけど、変なことには使わないでくれよ。覗きとか」

「しませんよ」


 やっぱりそういう用途が出てきますよね。でも後ろめたい事はしたくない。この辺の信頼関係はゆっくり作っていこう。


「そう、それと。もう一つ忠告。君は研究者だ。研究者は成果を上げてこそ価値を得る。その道を邪魔するものは皆等しくだ。そこに躊躇ためらいはいらん。時間の無駄だ。切り捨てろ。欲も人も自分自身も。私はそうして生きてきた」

「──わかりました。成果を期待していてください」


 僕の熱意が伝わるように、少し強気な言葉で返してみた。




 ──アスターが去った後のハンスの研究室ではカタカタカタと魔力波形計測器が音を鳴らしていた。

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