第7話 勇者パーティー

 森の外れ、小さな焚き火を囲んで五人の影が揺れていた。

 ——勇者パーティー。

 勇者と呼ばれる青年カイン、冷静な魔法士の女ミリア、厚い盾を背負った大男のガレス、甲冑に身を包んだ女騎士エレナ、そして小柄な少女ルピ。


 「……また、失敗しちゃった」


 焚き火の端で膝を抱えるルピの手には、焦げ跡の残った小枝が握られていた。

 簡単な火起こしの魔法すら、彼女にはまともに扱えない。

 使えるのは〈鑑定眼〉と呼ばれる特殊なスキルと、初歩的な魔法だけ。

 仲間たちの中で、それは圧倒的に非力な力だった。


 足が震えていた。

 さっきの戦闘で私は結局、また何もできなかった。火球を一発撃ったけど、敵の皮膚をかすっただけで終わり。

 魔力は底をつき、息も上がって、ただ後ろに隠れているしかなかった。


 「……ルピ。お前、またそれだけか?」


 勇者様の声が鋭く突き刺さった。

 彼の背は大きく、剣は眩しいほどに輝いている。その姿は確かに“勇者”そのものだ。だけど、その目が私を見るときは、いつも冷たくて。


 「鑑定眼だか何だか知らないが、戦えもしない奴を連れていたら足を引っ張るだけだ。次に役に立たなかったら、置いていくぞ」


 胸がぎゅっと痛んだ。

 自分でも分かっている。私は、役に立てていない。

 鑑定で魔物の名前や危険度を伝えることはできても、みんなが戦っている間、私は後ろで震えるしかない。


 「カイン、言い過ぎだ」

 低く通る声で遮ったのは、女騎士のエレナさんだった。鎧は傷だらけで、剣の切っ先からはまだ血が滴っているのに、その瞳は真っ直ぐ私を守るように光っていた。

 「ルピは戦力だけじゃない。鑑定がなければ危険を見抜けないことだってあるんだ」


 「……だとしても、戦場じゃ何の意味もない」

 勇者様は吐き捨てるように言い、背を向けた。


 私は俯いたまま、握った杖に力を込める。

 みんなの役に立ちたいのに。

 勇者様に認められたいのに。

 ——それでも、戦えない。私には、初歩の魔法と鑑定眼しかないのだから。


 「……ルピ、大丈夫だ」

 エレナさんの手がそっと私の肩に置かれる。その温もりが、かろうじて私を支えてくれた。

 でも同時に、その優しさが余計に胸を締め付ける。


 私はまた守られてばかり。

 本当に、私はこのパーティーにいる意味があるのだろうか……。


 久しぶりに街の石畳を踏むと、外の喧噪とは違う安堵の気配が広がった。

 勇者パーティーは門をくぐり、真っ直ぐギルドへと向かう。

 戦いを終えたばかりで疲労の色が濃いが、彼らを一目見た冒険者たちは羨望と畏怖の眼差しを送っていた。


 カウンターに立つ受付嬢が、微笑みながら声をかけてくる。

 「お帰りなさいませ、勇者様方。……実は、ギルドマスターから直接お呼びがあります」


 「ギルドマスターから?」

 勇者は眉をひそめる。

 ギルドマスターが直々に依頼を出すことは滅多にない。それが意味するのは、通常の討伐や護衛ではなく、国家や街全体に関わる規模の案件だということ。


 受付嬢は少し緊張した面持ちで続けた。

 「詳しくはマスターから直接お話があります。どうか執務室までお越しください」


 周囲の冒険者たちがざわつく。勇者パーティーが呼ばれるほどの依頼とは何か、と。

 その視線を背に受けながら、ルピはそっと俯いた。

 (……私にできることなんて、あるのかな)


 ギルドの奥、執務室に通されると、分厚い地図が机に広げられていた。

 「——黒曜樹海」

 ギルドマスターが指で示した先、それは森の中でも特に危険区域とされる漆黒の大森林だった。


 「近頃、樹海の魔獣が異常に活発化しており、付近の街や村に被害が出ている。調査と原因の究明を、ぜひ勇者様にお願いしたい」


 黒曜樹海。

 冒険者でさえ滅多に足を踏み入れず、Sランク魔物が徘徊すると噂される場所。


 勇者様は短く頷いた。

 「分かった。だが……無駄足になるようなら、時間の浪費だ」


 その言葉に、私の背筋が冷たくなる。

 もしまた私が役に立てなければ、勇者様は……。

 「……黒曜樹海、か」

 私は鑑定眼を持つがゆえに、未知の場所ほど怖い。危険を見抜けるということは、同時に恐怖を正しく知ってしまうということだから。


 「ルピ」

 隣のエレナさんが小声で私の名を呼ぶ。

 その眼差しは「大丈夫」と告げていた。

 けれど心臓は早鐘のように鳴り止まない。

 黒曜樹海——その名を聞くだけで、胸の奥が冷えきってしまうのだから。

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