2.理解と肯定を求めた果ての

 私はあなたが大好きでした。最後に愛した人でした。

 笑顔で食事を摂りましょう。最期の食事を粛々と。


「愛してる」


 私は慈悲深い笑顔を湛えて、目の前の赤いフランボワーズ味のホールケーキを切りはじめました。きっとそれは、あまずっぱい味と、生クリームのとろけるような甘さが融合して、ふたりを笑顔にするでしょう。

 そのケーキを、私の姿を、あなたは一瞥もせず、どこかを見ています。

 私は、口に運ぶ時が、楽しみでした。あなたと共に。


 ふたり、ケーキを前にして、座っています。時刻は23時58分。

 私は笑顔で、あなたを見ています。あなたは相変わらずどこかを見ている。時刻は23時59分。

 私は、ケーキを見ました。下手くそに切られていびつになった、ケーキを。時刻は00時00分。


 私は突きました。あなたの顔の真ん中を、ケーキを切ったナイフで。思い切り。

 愛想が尽きました。私を理解せず、私の肯定を裏切ったあなたに。


 あなたは形容しがたい声をあげて、椅子に座ったまま後ろに倒れました。ああ、頭を思い切り打ったようです。床に、血だまりができてゆきます。

 突然の私の行動に、あなたは驚愕しています。痛みにおびえています。もがいて、わあわあとナイフを探しています。しかし、震える手はナイフをいっこうに掴めません。


 攻撃しましょう。ゆっくりと歩いてゆきましょう。あなたの醜態に、笑いが漏れました。ふ、と小さく。一瞬だけ。私は、ナイフを掴みました。

 刺さった場所からそのまま、力を込めて。鼻の軟骨を破壊しながら、頬まで引き裂きます。生理的な涙が流れていました。視線は、相変わらず私を見ていませんでした。

 苦痛をうけて、喉から絞り出される声、そして痛みに暴れる音が響き渡って、とても不愉快です。


 ナイフを引き抜いて、次に、肩を突き刺しました。次々に、刺してゆきました。私が快晴を見るために。解放に至るまで。淡々と、淡々と。行為は、止まらない。上から下まで入念に。私のために。私の笑顔のために。


 気づけば全身が、血液に塗れていました。

 眼前にあるものは、もはや「あなた」ではありません。

 見渡せば、一面真っ赤に染まっていました。すこしずつ乾きつつある場所は、赤黒く変色していました。


 テーブルのケーキの前に、座ります。

 フランボワーズよりも紅いナイフを使って、ケーキをひとくち大に切りました。フォークで、それを優しく口へと運びます。予想通りの、あまずっぱい味。甘ったるいクリーム。そして、錆の味。


 とても、おいしい。しかし、私は曇った空を見ています。決して晴れない。なにもかも。

 抑え付けた感情の味がする。これまでの私の味がする。解放など、されない。


 破壊されたものは、元に戻らない。あなたが肉になったように。ケーキが接合されないように。

 また、私も同じ。


 最期の食事を、摂りましょう。

 今日は私の誕生日。大切な大切な。私の記念日。

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