惑星テラ:機甲の魔女と隕石の星~無敵のママ学長と星守る乙女達〜

木村楓

完結:現代編

1章:新たなる機甲魔女

第1話:希望の花は咲く

 ☆姉弟の午後


 陽だまりのリビングルームで、リアナ・エクサルテータは弟のルークと向かい合って座る。テーブルの上には最新型のVRゴーグルと、光る結晶のような操作パッド。今日もまた、この勝負の時間がやってきた。


「お姉ちゃん、今日こそ勝ってやる!」


 ルークの瞳に闘志が燃える。リアナは苦笑を浮かべながら、弟の意気込みを微笑ましく見つめた。彼女は惑星テラで魔導鎧アルマ・アルカヌムの適性検査を受けられる歳になっている。あと数時間後には、人生が変わるかもしれない連絡が来るのだ。


 二人はこの世界で非常にメジャーなVRゲームに興じようとしていた。


「『アルマータ・ミリターレ』、システム起動」


 機甲魔女アルマータ魔導鎧アルマを纏って世界の脅威と戦う戦士の名前。リアナの憧れそのもの。


 システムの音声が響くと、二人の視界は一変する。仮想現実の中に広がるのは、テラの典型的な防衛都市の光景。高い城壁に囲まれた街並み、その向こうに見える荒涼とした大地。そして——


石兵ラピス・ベラトール、接近中。全機甲魔女アルマータ、戦闘配置に!」


 警報音と共に、岩石でできた人型の怪物たち、石兵ラピスが城壁の向こうから現れる。体表にOEオリジンエネルギーを纏い、青白く光りながら進撃してくる姿は、仮想現実とはいえ圧倒的な迫力だった。


「うわあ、でかい!石兵ラピスだあ」


 ルークの操作する仮想機甲魔女アルマータが慌てふためく中、リアナのアバターは落ち着いて構えを取る。彼女の操作はすでに熟練の域に達していた。何度も何度も、このゲームで戦い方を学んできたのだ。


「ルーク、石兵ラピスは無機生命体よ。感情は持たないけれど、エネルギーに対する本能的な渇望がある。だから…!」


 リアナの機体が優雅に舞うように動き、敵の攻撃を回避しながら反撃を加える。まるで踊るような動き。それでいて、確実に急所を狙う精密さがあった。


「引きつけて動きを読んで、弱点の核を狙うのがコツなの」


「さすがお姉ちゃん!でも僕だって!うわあああ!」


 ルークのアバターが石兵ラピスの一撃を受けて吹き飛ばされる。仮想現実とはいえ、衝撃はリアルに伝わってきた。彼は椅子から転げ落ちそうになる。


石兵ラピスは常に活動源となるエネルギーを求めているわ。人にもある程度のエネルギーがあるから、石兵ラピスが襲いかかってくる」


 リアナが目を鋭くして石兵ラピスを見据える。ゲームの中でも、その集中力は本物だった。


「だから私たち機甲魔女アルマータが守らなくちゃいけないの。この星を、この街を、みんなを」


 リアナのアバターが光り輝く。仮想世界の設定とはいえ、彼女の想いがエネルギーと共鳴し、攻撃力を高めていた。画面に表示される数値が跳ね上がる。


「でも、機甲魔女アルマータになれるのは女の子だけなんだよなあ」


 ルークが残念そうにつぶやく。確かに、男性よりも女性の方がOEオリジンエネルギー保有量が格段に多く、魔導鎧アルマとの適性も高い。これは生物学的事実として確立されていた。


「ルークだって、将来は技術者や指揮官として活躍できるわよ」


「うーん、でもやっぱりかっこいいなあ、機甲魔女アルマータは」


 ゲームが終了し、二人はVRゴーグルを外す。リアナは弟の頭を優しく撫でた。彼の髪は汗で少し湿っている。


「私が合格したら、ルークにも色々教えてあげる」


「本当?やったあ!」


 その時、通信端末が鳴る。画面には公式の紋章が表示されていた。


「テラ防衛学園からの連絡です。リアナ・エクサルテータさん、適性検査の結果をお知らせします」


 リアナの胸が高鳴る。これまでの人生が、この瞬間に収束していく感覚。手が震える。




 ☆適性検査


 テラ防衛学園は、セントラル防衛都市の中心部に堂々と聳え立っていた。純白の壁面に青い結晶が埋め込まれた美しい建物は、まるで巨大な宝石のよう。近づけば近づくほど、その威厳に圧倒される。


「緊張する……」


 リアナは学園の正門前で深呼吸する。胸が苦しい。同じように適性検査を受けに来た少女たちが、あちこちで不安そうに話し合っていた。彼女たちの表情を見るだけで、この検査がどれほど重要なものかがわかる。


「受験番号3347、リアナ・エクサルテータです」


 受付で名前を告げると、若い女性職員が微笑みかける。その微笑みには、温かい励ましが込められていた。


「お疲れ様です。第3検査場にお進みください。ご武運を」


 検査場は、床一面に複雑な魔術回路が描かれた円形の部屋。中央にはOEオリジンエネルギーが物質化した源晶オリゴ・クリスタルの台座がある。部屋に入った瞬間、空気が違った。濃密で、まるで電気を帯びているような感覚。


「では、適性検査を開始します」


 白衣の研究員が説明を始める。


源晶オリゴ・クリスタルに手を触れ、OEオリジンエネルギーとの親和性を測定します。一定値以上の反応があれば合格、魔導鎧アルマとの適性ありと判定されます」


 リアナは他の受験者たちと共に、順番を待つ。自分の前の少女が源晶オリゴ・クリスタルに触れると、青い光が灯った。


「合格です。おめでとうございます」


 次の少女は——光らなかった。


「残念ですが、今回は不合格です。来年再受験が可能ですので——」


 その少女は泣き崩れる。機甲魔女アルマータへの憧れ、家族の期待、そして夢の崩壊。リアナにも痛いほどわかった。彼女の肩が震えている。涙が頬を伝って落ちる音まで聞こえそう。


「3347番、リアナ・エクサルテータさん」


 ついに自分の番が来た。リアナは台座に近づき、そっと源晶オリゴ・クリスタルに手を伸ばす。指先が震えている。


 接触した瞬間。


 世界が光に包まれる。


 源晶オリゴ・クリスタルが放つ光は青白く、検査場を照らし出した。魔術回路が次々と輝き、まるで星座のように美しいパターンを描く。


「これは……!」


 研究員たちがざわめく。計測器の数値は最大値付近を示していた。


〈——頑張って〉


 不意に、誰かの声が聞こえた気がした。優しく、包み込むような声。まるで大地そのものが語りかけているような、深く温かい響き。


「測定完了。数値は……」研究員が息を呑む。「Aランク。トップクラスの適性です」


 リアナは源晶オリゴ・クリスタルから手を離す。まだ全身に温かいエネルギーが流れている感覚が残っていた。手の平がほんのり温かい。


「合格です、リアナさん。心からお祝い申し上げます」


「ありがとうございます!やったぁ!」


 リアナは頬を染めてその場で飛び上がりながら喜びを露わにする。子供の頃からの憧れが叶うのだ。その感動は格別。胸の奥から湧き上がる喜びが、全身を駆け巡る。


 そして次の受験生の少女が後ろで源晶オリゴ・クリスタルに触れた時、信じられない光景が広がった。


「次の受験者、5869番、フラン・フラグランティアさん」


 職員の声が響くと、うつむき加減の少女が静かに台座へと向かう。彼女が源晶オリゴ・クリスタルにそっと手を添えた瞬間、部屋全体を染めるほどの閃光が広がった。測定機器の針が振り切れてしまう。


「な、なんだこれは……!」


 職員が慌てて機材の運転を停止する。


「まさか、測定不能……?」


「彼女のOEオリジンエネルギー親和性、数値化できません。まるで源晶オリゴ・クリスタルそのものと一体化しているかのような……」


 職員たちが騒然とする中、フランと呼ばれた少女は、何事もなかったかのように静かに手を離した。彼女の瞳は目の前の騒ぎに全く動じていない。何事もなかったかのように事態を平然と受け止めていた。リアナは思わずその少女に見入ってしまう。


「フランさん、別室の設備にて再度測定を行います。ついてきていただけますか?」


 コクリ。フランと呼ばれた少女は静かに頷くと、職員の案内に従って別室へと移動していく。


 すれ違う一瞬、リアナとフランの目が合った。深い漆黒の瞳が、一瞬だけリアナを捉える。その瞳の奥には、周囲の喧騒とは隔絶された、深い孤独と、何かを強く求めているような純粋で強い光が宿っていた。フランがそのまま通り過ぎる。リアナは息をのむ。その心には合格の喜びとはまた違う、不思議な胸騒ぎが残った。




 ☆学長との面談


 適性検査の後、合格者のみが呼ばれる特別面談があった。リアナは緊張しながら学長室の扉をノックする。ドアの向こうに待つのは、伝説の人物。


「どうぞ。入ってください」


 落ち着いた、包容力のある声。扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。


 年若く美しい女性だった。光る銀色の髪をなびかせ、輝く赤紫の瞳には無限の優しさと、同時に揺るがない意志の強さが宿っている。この光り輝くというのは比喩ではない。本当に淡く発光しているのだ。彼女が宿す膨大なOEオリジンエネルギーの証である。


「ミコ・ディレクトリクスです。よろしくね、リアナちゃん」


「は、はい!リアナ・エクサルテータです!よろしくお願いします!」


 リアナは慌てて最敬礼する。学長は微笑みながら、ソファーを勧めた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。お茶でも飲みましょう」


 学長が淹れてくれた紅茶は、花のような優雅な香りがする。カップを持つ手がまだ少し震えていた。


「あなたの適性検査の結果、とても素晴らしかったわね。特にOEオリジンエネルギーとの共鳴度が高かった」


「ありがとうございます。でも、私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか……」


「大丈夫」学長の声は確信に満ちていた。「あなたには特別な力がある。それは技術や訓練だけでは得られない、生まれ持った『想い』の力よ」


「想い……ですか?」


「そう。人を守りたいという純粋な想い。それがOEオリジンエネルギーと反応するの。あなたが弟さんと遊んでいる時の気持ち、家族を大切に思う気持ち、そしてこの星を守りたいという想い。全部、力になる」


 学長はリアナをまっすぐ見つめる。その瞳の中に、深い理解と信頼が見えた。


「でも、戦いは厳しいものよ。石兵ラピスは容赦なく襲ってくるし、時には仲間を失うこともある。それでも、あなたは戦えるかしら?」


 リアナは少し考えてから、しっかりと頷く。


「はい。私……みんなを守りたいんです。弟も、友達も、街の人たちも。それに……」


 彼女は検査の時に聞こえた、あの優しい声を思い出した。


「この星自体も、まるで生きているみたいで。私を応援してくれているような気がするんです」


 学長の表情が一瞬、驚きに変わる。しかしすぐに温かい笑顔に戻った。


「……そうね。あなたはきっと、素晴らしい機甲魔女アルマータになれる。来月から、ここで一緒に頑張りましょう」


「はい!頑張ります!」




 ☆帰路


 学園からの帰り道、リアナは空を見上げる。夕日に染まる空の向こうに、小さく光る点が見えた。あれはおそらく、定期観測で発見された小さな隕石だろう。テラには日常的に隕石の飛来がある。隕石、石兵ラピスOEオリジンエネルギーで巨大化した動植物。様々な危険から人々を守るために防衛都市が築かれた。


 ミコ学長は防衛都市創設に携わった偉人。数百年の時を生きる類稀な素質を持った、最強にして最古の魔女であった。


石兵ラピス……隕石……私は本当に戦えるのかな)


 不安がないといえば嘘になる。しかし、胸の奥に温かい何かが宿っているのも事実だった。あの声、あの感覚。優しく包み込むような、抱きしめてくれたような感覚。


「お姉ちゃん!」


 家の前でルークが待っていた。


「どうだった?!合格?!」


「うん」リアナは満面の笑みで親指を立てる。「合格したよ」


「やったあああ!」


 ルークが飛び跳ねる。両親も家から出てきて、家族みんなで抱き合った。


「お疲れ様、リアナ。お父さんたちも誇らしいよ」


「でも、危険なお仕事だから……くれぐれも気をつけてね」


 母の心配そうな表情を見て、リアナは改めて責任の重さを感じる。しかし、同時に決意も固まった。


「大丈夫。私、みんなを守るから。この家も、この街も、この星も」


 夕日が沈んでいく。明日からは新しい人生が始まる。テラ防衛学園での日々、仲間との出会い、そして待ち受ける戦い。


 そして、あの不思議な少女フランとの再会。


 リアナ・エクサルテータの物語は、こうして始まった。





 次回:「星守る乙女たちの門出」

 リアナは学園で運命の仲間たちと出会う。個性豊かな教官たちと、伝説の学長先生。その挨拶はとても優しいもので。彼女たちの訓練生としての生活が幕を開ける。

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