第8話 畔

乾燥した落ち葉を踏む音。川の音。鳥の羽音。呻き声。懐から紙を取り、刃に付いた血を雑把に拭き取る。溝に入った血を左肘の内側で拭う。右肩を前に差し出し刀を納める。


「貴様らの仲間が後に来よう。それ迄の辛抱だ、道を改めよ。」


静かに息を吐き獣道を進む。日は傾き初め、木立ちの影を伸ばしていく。


遠くで灰色の煙が上がっているのが見える。


狼煙にしては大きく、先日に野焼きは済んでいる。方向的には家から。


右手で袴の裾を持ち上げ、左手で刀を抑える。


全力で煙に向かって走る。


息が乱れ脂汗が流れ始める。


あれから何時経ったか、白煙が近づくと麓に炎に包まれた家が見える。


戸が外されていて、茅葺きは今にも崩れそうに炎で赤く輝いている。


「おゑい!!!おゑい!!!おるか!!!」


囲炉裏の奥に赤茶色の市松模様が見えた。


息を深く吸い家の中に飛び込む。


木が歪む音と藁葺が燃える音が混じりその場は荒れ模様だった。


「おゑい、起きろ、なぁ」


おゑいは瞼ひとつ開けず、ただ息をしていた。裾の一部に刃が入った跡があり、隙間からは切り付けられた跡が見える。


『音松はん、すみません』


おゑいは浅い息で口を開ける。煤で汚れた白い肌を拭うと後ろでは屋根が崩れ始める。


「先ずは出るぞ」


おゑいを起き上がらせ、肩に担ぐように腰に手を回す。左手で膝裏を押さえつけ決して落とさぬよう、しかし迅速に家を出る。


どすどすと足音を鳴らし、火の手が回らぬ小川の傍まで走った。おゑいを落ち葉の上に寝かせる。


「あぁ、おゑい、そない事が」


小川に手を入れると全身が震えるほど冷えている。手を濡らしおゑいの顔についた煤を拭う。


袖紐を解きおゑいの腿で結び目を作ると近くにある木の枝を差し込み、それをきつく回す。


『あ゛ぁ』


おゑいは嗚咽を漏らす。


「許せ、辛抱だ。意識を保て。」


此処から人一人担いで人里まで行くと着く頃には日を跨ぐ。最も近くにある安全な場所は彼処しかない。致し方無い。

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