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 今日の夕飯のメインは人魚のフライ、ではなく鶏肉を揚げたものだ。

 ノアの弟のロアは友人に誘われて遠方の領地に行っており、しばらく不在。

 ロゼリアとノア、そしてバスタブから大きなタライに移った人魚が食卓を囲む。


 桃色の髪に桃色の鱗の、ロゼリアより少し幼く見える人魚は、人魚の国の姫で、ティーナと名乗った。

 ちなみに胸当てのみという、少々目のやり場に困る服装をしていたため、上からシャツを被せ、腰で裾を縛っている。


「義母と義姉の借金の連帯保証人にされて、海の魔女に売られたんです」 


 ティーナは眉をへにゃりと下げ、窮状を訴える。


「最近になって義母が国庫を使い込んでることが分かって、問い詰めたら逃亡されました。その後に、義母と義姉の借金の連帯保証人に私がなっていることが判明して・・・・・・」

「義姉はどうしたの?」

「義姉は一年半ほど前から姿が見えなくて。義母からは遠洋の学校に留学に行っていると聞いたのですが、どうやら陸に上がっているようなんです」


 王妃を早くに亡くした人魚の国の王は心労で倒れ、先が長く無いことを悟り、一人残していく一人娘のティーナのために義母と再婚したそうだ。義母の連れ子である義姉の存在もあり、頼れる家族がいたほうがいいと思ったのだろう。


 血の繋がりがあっても窮地には容易く切り捨てられることもあるというのに、赤の他人がどうして無条件で味方になってくれるというのでしょう。

 随分と夢見がちな王だったのね、とロゼリアは自嘲する。自分が王子に婚約破棄を言い渡された時、実の両親は侯爵家の恥晒しが、と真っ先にロゼリアを勘当した。


 案の定、王の亡き後義母は好き勝手に国を牛耳り、義姉は義母にくっついて贅沢三昧の日々を送っていたらしい。

 虐待や冷遇こそなかったが、ティーナは義母と義姉に放置され、いないものとして扱われた。

 義母の取り巻きに代えられてしまった家臣たちは、使い込みを黙認し、近々王座を継ぐ予定のティーナが気づいた時にはもう、国庫は空っぽだった。


 空になった国庫の前で途方に暮れたティーナに更に追い打ちをかけたのは、海の魔女からの督促状だった。

 義姉が海の魔女からとんでもない額の薬を買っていた。


「完全な人間化薬はとても高価なんです。なんでも材料が希少なものらしく。声が出なくなったり歩けなくなったりする副作用のある普通の薬は手が届く値段なんですが。義姉はそんな高価な薬を二年分購入していたんです」


 勝手に私を連帯保証人にして!とヒレで水面をビタンと叩きながらゔゔうと唸る彼女には悪いが、これは義母の計画的犯行だわ、とロゼリアは思った。


 現在人魚の国の王位継承者はティーナ一人。好き勝手に国庫を使えなくなる彼女の王位継承のタイミングまでに、全てを使い切る。簡単に逃げおおせたということは最初から逃走の準備はしてあったということでしょう。

 義姉に関しても、購入した人間化薬は二年分。姿を消したのが一年半前。彼女は陸へ逃げる予定だったのだろう。

 しかも逃亡した二人に代わって、海の魔女からの借金を背負うティーナに人探しの余裕はない。


 実際ティーナがノアを助けた時、彼女は海の魔女の手下に追われて逃げていたところだったという。

 自分も追われていたというのに人助けとは。そんなんだから義母と義姉に舐められて、勝手に連帯保証人にされるんじゃないかしら。


 でもそういうお人好しは嫌いじゃない。厄介ごとを持ち込んでいるとはいえ、彼女はノアの命の恩人。

 第二夫人はごめんだけど、陸に逃げた義姉の行方を探すことなら手伝える。


「あなたの義姉を探して、海の魔女に差し出しましょう。自分で買ったものの代金は自分で払うべきだわ。そうすれば、あなたもノアと結婚なんかせずとも海に戻れるでしょう?」

「はい!」


 海の魔女の呪いは、たとえ術者本人でも覆せない。連帯保証人の契約よりも優先度が高い。

 だからこそティーナは助けたノアとの結婚を盾に、連帯保証人として薬の代金を支払えない分を奴隷としての労働で返せ、と言う海の魔女の手下を退けることができた。


 ノアの頭が魚になられては困るので、本当に嫌だったけど、仕方なく、わたくしはノアとの婚約を一旦解消して、新しくティーナとノアの婚約を行った。

 少なくとも結婚する意思があると見做されるため時間稼ぎになるのだ。


 例えノアにその意思がないとはいえ、他の女と婚約しているノアを見ているのは辛い。ロゼリアは迅速に義姉探しに取り組むことに決めた。


「ところであなたの義姉ってどんな人なの?手がかりが欲しいわ」

「義姉は赤髪に青い目をしていてロゼリアさんと同じ位の年齢です。性格は、あまり交流がなかったのでよく分かりませんが、宝石や貴金属といったキラキラとしたものが好きで・・・・・・あと、何人かの男性とよく一緒にいることが多かったです。女の子のお友達は見たことがないですね」


 赤髪碧眼、同年代、アクセサリーのプレゼントを喜び、常に複数の男を侍らせている女。一年半前、突然現れた。


 一年半前に消えた、と聞いた時から、ロゼリアの頭には一つの可能性が浮かんでいた。まさか、と思っていたがこれで確信が持てた。

 ノアの方を見ると、目が合い、互いに確認するように頷く。ノアの方も同じ人物の姿を思い描いている。彼もあの場にいたのだ。わたくしがルーカスに婚約破棄されたあの場所に。


「・・・・・・ティーナ、あなたの義姉の名前だけど、もしかしてリエーラという名前ではなくて?」

「そうです、リエーラです。どうして分かったんですか?」


 驚くティーナに、ロゼリアは揚げ物の下に敷いていた新聞を引っ張り出し、辛うじて油の染みを免れた大見出しの写真を、ティーナに向けて広げた。


「えっ!?」


 そこには、先日結婚式を挙げたばかりの王太子夫妻の姿が載っていた。

 第一王子ルーカスの隣で微笑むその女こそ、リエーラ。今はリエーラ・エリントンとなった王太子妃である。

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