第5話 回復魔法はすごいです


「ひぐっ、ううっ、ぐすっ」


「ああほら鼻かんで」


「ずびっ、ちーん!」


 回復魔法のテストから帰還したミアの顔は、それはもうひどいありさまだった。


 俺的には、百ちゃんに包まれていると安心感を覚えるんだけど、感じ方は人それぞれだよな。


 少しは慣れてくれればいいなと思っていたが、それにはもうしばらく時間が必要そうだ。


「ミアの回復魔法は、治療にとても有効です」


 回復魔法のテストの方は、問題なく終了している。


 百ちゃんの分体から顔と両手だけを出したミアが、死んだ目をしながら「エクストラヒール」1発で、3人まとめて綺麗に治療してしまった。


 意識を取り戻した彼女たちは、少し聞き取り調査をした後に、鎮静の魔法で眠ってもらっている。いくら治ったとはいえ、悲惨な経験をしたことには変わりない。


「脳機能の方はどうなの?」


「そちらも問題なく治療が完了しています」


「ほー。回復魔法ってすげー」


 この世界の科学技術ではいくつものステップが必要な治療を、魔法1発でやってしまうんだから、回復魔法ってすごい。


「『エクストラヒール』を使える天使は、そんなにいないんですよ」


「へぇ。それなら、ミアは優秀な天使ってことか」


「そうなんです」


「それなら俺にひっつかなくても大丈夫だな」


「それとこれとは別です」


 ぷるぷる


「ひぇっ」


 戻って来るなり俺のお腹に突撃してこようとしていたのを、濡れタオルでインターセプトして防いでいたんだけど、結局俺のお腹にくっつく結果となった。


 顔をお腹に押し付けるケンタウロススタイルは動きづらいので、できるなら止めて欲しい。お風呂にも気軽に行けないし、早く百ちゃんに慣れてくれ。


「キャプテン、収集した情報によると、付近にゴブリンの別拠点があるようです」


「うえっ、まじか」


 この拠点を発見した方法は、いつも通り百ちゃんの分体を四方八方に飛ばす魔力検知によるものだ。拠点を攻略するには、ゴブリンにバレずらいこの方法が適している。


 中規模のゴブリンということで、拠点が1つだけという思い込みがあり、1つ目の反応があった時点で索敵を中断し、周囲に散った百ちゃんの分体を呼び戻してしまった。当然だけど、中断した範囲以降の索敵は行えていない。


 アクティブレーダーでは、索敵やーめた、なんて中断はできないので、百ちゃんの分体による索敵との明確な差異だな。


「拠点の偵察のために、ケチって呼び戻すんじゃなかった」


 呼び戻した理由は、拠点を偵察するための分体を生み出す魔力をケチったからだけど、ちびちびケチるほどに魔力消費量がひっ迫しているわけでもない。


 小市民的な節約志向があだになった。


「今気付けて良かったと考えよう。うん」


「はい。致命的な場面で索敵が不十分になる事態は防げました」


「これからはケチらないようにしよう。それで、別拠点はどこにあるの?」


「ここからすぐの場所に2つあります」


「2つ! いやほんとケチらないようにしよう」


 下手したら、この拠点を攻略中に不意打ちを食らう、なんてことになっていたかもしれない。


「ここが制圧されたってバレてないかな?」


「定期連絡などは行われていないようです。マニュアルでの連絡が行われていた場合、制圧からすでに4時間以上が経過しているので、異常事態が発覚している可能性はあります」


「ゴブリンがそんな用意周到な連絡網を作ってるかなぁ」


「可能性があると言いましたが、蓋然性(がいぜんせい)は非常に低いです」


「だよな。でも油断しないようにしとこう。百ちゃんレーダーを再実行だ」


「了解しました。百ちゃんお願いしますね」


 ぷるぷる


「ひっ」


 索敵の結果、情報通りに2つの拠点が見つかった。今回は中断することなく、さらに広範囲に分体を散らせたままだ。


「さて。見つけたはいいけど、どうするか」


「同族のゴブリンとすると、捕虜がいる可能性があります」


「ここに3人もいたんだし、分け前――って言い方は嫌だけど、あっちにもいると考えるのが普通だよなぁ」


 ゴブリンを討伐しに行くとなると、救出した捕虜をここに残していくことになる。


『オボロ』での戦闘は、百ちゃんシールドで慣性を緩和しなければ耐えられないくらいの機動で行う。百ちゃんシールドが俺以外の人間にも効果があるか分からないので、安易に人を乗せるわけにはいかない。


「速度優先で、パッと行ってパッと駆除しよう」


 百ちゃんの分体を護衛につけて、索敵のために散らせた分体で生命体の接近を監視しておけば、最悪の事態は防げるだろう。


 あとはスピード勝負で、スピード教の百ちゃんの活躍に期待だ。


 ぷるぷる!


「ひゃっ」


 パイロットシートに座った俺を、百ちゃんが包み込む。お腹にはミアがくっつきっぱなしなので、ミアごとだ。


「百ちゃんが苦手ならサブパイロットシートに移ればいいのに」


「ぼればぼぼべいびぼばいばばいべぶば(それだと余計に怖いじゃないですか)!」


 1人でいると余計に怖いらしく、俺のお腹に顔を押し付けることで、百ちゃんを直視しない作戦をとっている。見えないものはいないのといっしょ。おばけなんていない作戦だ。


 百ちゃんがちょっと動くたびにびくびくしているので、ガバガバな作戦すぎる。


「ミアは放っておいて、1つ目の別拠点へ向かおう。近い方からで」


「了解しました」


 ぷるぷる


「ひっ」



 到着した別拠点には、予想した通りに捕虜がいた。捕虜の扱いについても、残念ながら同様だ。


 警備がザルな点についても同じで、なんの警戒もされていなかったため、百ちゃんと永遠子の分体を忍び込ませてサクッと討伐させてもらった。その後の回復魔法による治療と、顔面をぐちゃぐちゃにするミアも同じ。


 2つの拠点を制圧し、3つ目にも取り掛かった。


 さすがに2つも制圧されれば、いくらゴブリンと言えども異変に気付く――、なんてこともなく、3つ目の拠点もサクッと制圧。


 付近にゴブリンがいなくなったため、捕虜になっていた被害者たちを最初に制圧した拠点に集めて、まとめて保護することにした。


 魔法のことは明かしたくなかったので、移動は眠っている間に行い、治療したのも航宙艦に搭載した新技術でということになっている。


「あとは傭兵ギルドの救援部隊に引き継げば終わりだな」


「はい。到着予定時刻は4時間後です」


「えらい早いんだな。最初の拠点を制圧した直後に救援要請したから、準備に1時間もかかってないんじゃない?」


 この場所はコロニーからそれほど離れていないので、通信が傭兵ギルドへ届くのに数時間程度しかかからない。それを差し引いても、救援部隊の到着はかなり早い。


「早く方が付くのは、俺としてもありがたいけどな」


 救助部隊が到着するまで、捕虜だった彼女たちのお世話は、俺の(努力)義務となる。『オボロ』の中に迎え入れる気は一切ないので、何日もかかるとなると、食事や睡眠や入浴(不思議粒子のシャワー)などの用意が面倒だ。ゴブリンの拠点の設備を使うのは心理的に抵抗あるだろうし。


「このまま眠っててもらって、救援部隊が到着したら起こせばいいだろ」


「了解しました」


「んじゃその間に、俺はお風呂でも入ってこよ。というわけでミア、離れてくれ」


「私も一緒に行きます」


「ええ……」


 人形サイズのシャルならともかく、人間サイズのミアと一緒にお風呂に入るのは、ちょっと気まずいんだけど。


「大丈夫です。天使には性別はないので」


「そういう問題じゃないんだけど」


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