第7話
俺の部屋中に、着信音が鳴り響いていた。
ベッドの上にいた俺は頭がぼんやりとしていた。
寝起き…。にもかかわらず、俺は反射的に手を伸ばし、スマホを手にする。
画面を見た。
なにやら大量のメッセージ通知。
そして、今、着信音を鳴らしているのは、電話アプリだった。電話?
ナズナからの電話だ。
俺の意識が一瞬で覚醒する。
「あっ、やばっ!」
通話ボタンに触れる。
「先輩、もしもし?まだ寝てました?」
元気な声が耳に飛び込んできた。
「ごめん、すぐに…。」
「えへへ、案外、先輩って寝坊なんですね。もう何度もメッセージ送ったんですよ?」
通話を切った後、よくよくメッセージを読むと、ナズナからの大量のメッセージが並んでいた。
『先輩、起きてますか?』
『そろそろ時間ですけど…。』
『おーい、先輩?』
次々と送られてきた彼女からのメッセージを見ながら、時間を確認する。
たしかに、約束の時間は数時間前は前に過ぎている。
確かに正午には至っていないものの、昼前の時刻を迎えようとしていた。
寝坊した。否応なしにそう認めざるを得なかった。
『すまん。遅れる。』
俺は短いメッセージを送信して、急いで着替えを始めた。
『大丈夫です!お昼ご飯を作って待ってますから。』
ナズナからの返信には、いつもの明るさが感じられた。なぜか料理の絵文字まで添えられている。
少し気が楽になったものの、急がなければならない事実は変わらない。
慌ただしく身支度を整えて、待ち合わせ場所である学校の正門へと向かう。
休日の通学路には、普段とは違う空気が流れていた。
人通りは少なく、時折聞こえてくる車の音。
今の俺には、それらがより一層の焦りを際立たせる。
学校に近づくにつれ、違和感が拭えなかった。
休日の学校に向かうこと自体が非日常的で…。さらに、これからナズナの家である神社を訪れるという事実が、なんだか非日常的に感じた。
なぜ、学校なのか?なぜ、正門で待ち合わせなのか?
その理由は、これまでナズナに何度も確認したことだった。
詳細は、秘密らしい。
まあ、神社が学校から近いとして…。
それでも、その待ち合わせ場所のセンスに、俺は首を傾げながらも、約束の場所へと向かった。
『そろそろ、正門につくぞ。』
『分かりました、私も向かいます。』
そんなやり取りをする。
通学路から見える学校のグラウンド。
そこには休日でも部活をしている生徒たちが見えた。
それを横目に、俺は学校の正門へと進む。
『正門、到着しました!』
ナズナからのメッセージ。
『もう、ちょっとだ。』
俺が返信する。すると、彼女は巫女服を着たキャラクターのスタンプを送ってきていた。
神社ということか?
俺がそんなことを思いつつも、先に進む。
そして、正門に到着すると、そこにはすでに白いワンピース姿のナズナがいた。
「待たせたな。本当に申し訳ない。」
申し訳なさそうに声をかけると、ナズナは笑顔を見せた。
「ふふっ、やっとですか。先輩。」
からかうような声音だった。あまり、俺の遅刻を怒ってはいない感じだ。
「いや、本当にごめん。」
「いいんです、いいんです。それより早く行きましょう!」
ナズナは俺の謝罪を軽く受け流すと、すぐに学校の敷地を進んで、俺を誘導し始めた。
「えっ?どこへ行くの?」
「ふふっ、秘密です。」
なんだか、楽しそうにナズナは前を進んでいく。
そして、そのまま、学校の裏手へと進んでいった。
そして、学校の敷地とその外を区切るフェンスへ到着する。
目の前にあるのは、山だ。学校の裏山ってやつ。
たしかに、そのフェンスの向こうには、アスファルトで舗装された小道が見える。その幅では自動車は通行不能だろう。まさに歩行者用の道という感じ。
「ここから先へ行きます。」
「えっ?ここから先の山の中へ行くの?」
「はい!実はこの道を上がっていきます。」
ナズナは軽快な足取りで金属製のフェンスの扉に向かった。スチールメッシュの網目が規則正しく並ぶその扉は、周囲のフェンスと一体化している。
銀色のフレームは所々に擦り傷や塗装の剥がれが見られ、長い年月と使用頻度の高さを感じさせる。
ナズナが手をかけて扉を押すと、鈍い金属音が耳を刺した。
キイッ…。
少し歪んだ扉がわずかな抵抗を生み、蝶番のあたりで金属がかすかに軋む音を立てた。高い頻度で開閉しているために変形しているのか、扉の開閉はどこかぎこちない。そんな扉をナズナは慣れた手つきで扉を開けた。
「どうぞ、先輩。」
彼女が促す先には、小さな山道が延びていた。アスファルトで舗装こそされているものの、その小道のすぐ両脇は草木に覆われていて、その奥へ続く道は山へと続いていた。
「あ、ああ。分かった。」
俺は、言われたように扉をくぐる。触れるとスチールメッシュは冷たく、頑丈な感触が伝わってきた。少し進むと、ナズナが扉を閉まる音が聞こえた。
それとともに、なんとなくここから先が俺の知っている場所とは違うのだと、感じられた。
ナズナは山道の先を指差し、振り返ることなく進んでいく。その後ろ姿に、俺も続いていく。その舗装された道は静かで、進めば進むほど、背後から聞こえてくる学校の喧騒が薄れていくのが分かった。
数分も歩けば、アスファルトは途切れ、石段へと変わり始めた。
俺は、ナズナの先導で、普段は立ち入ることのない場所へと進んでいく。
それにしても、こんな場所があるとは…。
たしかに神社に続くかのような雰囲気となっている。
山の中の林。そこにある木々に囲まれた石段が、俺たちの前に広がっているのだ。
その石段を一段上がるごとに、さらに学校からの距離が開いていく。
振り返ると、校舎が徐々に小さくなっていった。
「先輩、この道は結構長いんですよ。」
ナズナの声に頷きながら、俺は石段を見上げる。木々の間から見える隙間が石段だとすると、それはまるで終わりがないかのように続いていた。
「この先に神社があるのか?」
「はい。でも、まだまだ上なんです。」
ナズナは木立の間の細い道を歩みながら、時折こちらを振り返る。白いワンピースの彼女。もしかして、俺が約束の時間に来なかったから、学校の正門と彼女の家を往復したかもしれない。
「ナズナ、すまんかった。」
「え?ああ、もう終わったことですよ。」
「いや、そうでなくてな。この道を往復したんじゃ…。」
「いいえ、それは違いますよ。先輩が来なかったので、その間、私は学校で待ってました!」
「そうか、それはそれで悪かったな。すまん。」
「いやいや、そんなことないですよ。私はいつもの屋上とか空き教室で時間を過ごせましたし。」
石段の途中で、先導していた彼女が立ち止まる。
振り返った。
「それらの場所を教えてくれたのは、先輩ですし。だからいいんです。」
「ああ、そうか?そうかもな。」
どうやら、彼女はとても寛大なようだった。
「そうです。でも、次からはちゃんと時間に間に合うように来てくださいね。」
「ああ、そうだな。すまん。」
俺が謝ると、もうこの話は終わりっという感じで、ナズナは再び、前を向いて進みだした。
しばらく、歩く。
その間も、ナズナは俺を励ますように声をかけてくれる。
しかし、普段から運動不足気味の俺にとって、この石段の坂道はそれなりにきつい。
「ああ、疲れた。」
「もう少しですよ、先輩。あっ!」
彼女が声を上げた。
なんだろう。
「ここから上を見てください。」
そういって指さすナズナ。言われるがままに、俺は言われた方向を見上げた。
木々の間から、朱色の鳥居が見えた。神社らしい光景があるのだろう、と強く予感させる。
「おおっ。」
「お分かりしましたか?あの鳥居をくぐると、ですね。私の家です!」
ナズナの声が弾んでいる。そして、彼女は嬉しそうに階段を上り始めた。
さらに先へと進むと、鳥居の前に到着した。
これらが学校からは見えないとは…。
まあ、森の中で木々に遮られて見えないのは自然なのだろうか?
しかし、実際に鳥居の前に立つと、その大きさに圧倒された。
学校の敷地からは決して見えなかった場所に、こんな立派な建造物が隠れているとは…。
朱色の柱は磨き上げられたように光沢を放ち、その背後には和風建築の建物がいくつも見えた。
それらの重厚な屋根、しっかりとした木造の柱、そして渡り廊下で繋がれた建物群――そのすべてが、俺の知る『神社』だ。
「どうですか?先輩。」
ナズナが満足げに尋ねる。俺はしばらくその景色に見入ったまま、ようやく口を開いた。
「すごいな…。こんな立派な神社が、学校の裏にあるなんて、知らなかった。」
「ふふっ、ありがとうございます!ここは、私の家でもあり、とても大切な神社なんですよ。」
ナズナは誇らしげに笑った。その笑顔が、どこか安心感を与えてくれる。
「ここからが私の家なんです。」
ナズナに続いて、俺が鳥居をくぐると、周囲の空気が少し変わった気がした。何か特別な感覚を受ける場所――そんな感じだった。
境内は広々としていたが、その遠くに和風の神社らしい建物らが見えた。そして、そこへ行くための参道がまっすぐ奥へと続いている。その両脇には整然と配置された灯籠が並び、悠久の時間というモノを感じさせた。それらの灯籠の先には、建物が見える。
そこで祈りをささげるのだろうか?
神社には一般的なことしか知らない俺は、なんとなくそう思った。
「先輩、まず拝殿へ行きましょう。」
ナズナが軽やかに参道を指差し、先へ進む。砂利が敷き詰められた参道は真っ直ぐに拝殿へと続いており、両脇には規則的に並んだ石造りの灯籠が立ち並んでいる。その灯籠には苔が薄く覆いかぶさり、年月の流れを感じさせるが、それらが整然と並ぶ様子には不思議な荘厳さがあった。
足元の砂利が一歩ごとに軽く音を立て、静寂に包まれた境内に響く。手入れの行き届いた参道は、中心が滑らかに均され、落ち葉が端に寄せられているだけで汚れ一つ見当たらない。
ナズナの後ろ姿を追って歩きながら視線を上げると、目の前に木造の拝殿が姿を現した。朱塗りの柱はしっかりとした存在感を放ち、漆黒の屋根は複雑な曲線を描きながら、堂々とした様子で伸びている。その屋根には何層にも重なる瓦が均等に並び、棟には金色の装飾が輝いていた。無学な俺でも、それらが物凄い文化財であることが一目で分かるような感じだ。
そんな神社らしい建物の正面に立つ。近くで見ると、それらの柱には木目のようなものが見えて、柱を繋ぐ梁は、シンプルだが、その質素さが日本の神社らしい神聖さを感じさせた。
「ここが拝殿です。神様にお祈りを捧げる場所ですよ。」
ナズナが説明を始めた。
正面にある賽銭箱は建物の他の部分と同様、手入れが行き届いており、木の表面には使い込まれた歴史を感じる。箱の証明には菊の花を思わせるような彫刻。その奥に見える階段から先に、柱と梁で構成された木造建築の美しさ。おそらく、この建物には釘が使われていない木組みなのだろう。それが全体にどっしりとした安定感を与えていた。
と、まあ…。
この知識は、どこかのネット知識の受け売りなのだけれど。
そんな感じで立っている拝殿の中央には、立派な祭壇が設置されていた。漆塗りの台座に金色の飾りが施され、その上には白木の棚が置かれている。棚の上には幣帛が整然と並べられ、その配置からもこの神社が長い年月を経てもなお大切にされていることが伝わってくる。
祭壇の背後には木製の引き戸が閉められており、その奥に続く空間が見えないようになっていた。
「どうぞ、お祈りしてください。」
ナズナが促す。俺は賽銭箱の前に立ち、小銭を投げ入れると、自然と手を合わせた。この場所に立つだけで、言葉にできないほどの神聖な空気を感じることができた。
「分かった。手を合わせればいいのか?」
「そうです。手を合わせて、心の中で神様にお願い事をしてくださいね。」
彼女に促されて、俺は賽銭箱の前に立つ。少し緊張しながら小銭を投げ入れ、軽く息を整えた。それから手を合わせ、何を願うべきか迷いながらも、短い祈りを心の中で唱えようとした。
さて、願い事は何がいいだろう。
学校の祠の謎が解けますように?いや、学校にあった神社の謎が解けますように?
いやいや、すべてこれは一緒か。
では、なんだろう?
たとえば、ナズナと仲良くなりますように?
どうやら、俺が悩んでいる間に、さっさと祈りを終えていたナズナが、こっちをじっと見ていた。
待たせるわけにもいかない。
…うーん。まあ、それでいいか。
『ナズナと仲良くなれますように。』
そう祈る。
参拝を終えると、ナズナが再び案内を始めた。
「あちらが神饌所です。」
彼女が指差した右手の建物。
拝殿の右手には渡り廊下が伸び、その先に小さな建物が見える。
それは、拝殿より少し控えめな造りだったが、同じく丁寧に手入れされていた。周囲には砂利道が整えられ、木造づくりの外壁が日差しを反射していた。
「神饌所では、神様にお供えするお米やお酒を準備するんです。ここで準備したものを拝殿に運ぶんですよ。」
その言葉を聞きながら、俺は神社の生活感というか、運営の裏側を少し垣間見た気がした。何気なく見ていた神社が、実際にはこうやって成り立っているのだと、考えてしまう。
「あ、先輩。こっちです。」
ナズナは反対側へと走り出す。
俺は誘導されるがままに、進む。
今度は、拝殿から見て左手にまた別の建物が見えてきた。それは、さっきの神饌所よりも、さらに控えめな造りで、玄関に小さな看板が掲げられていた。
「ここが社務所です。」
ナズナが振り返りながら説明する。
「社務所では、神社に関する事務仕事や、お祓いの準備をしています。」
社務所の窓は閉ざされていて、建物全体に静けさがある。とはいえ、その外観はきちんと手入れされており、廃れているという印象は全くなかった。
「へえー。」
俺は驚きっぱなしで、変な声を上げてしまう。
「さてさて、先輩…。」
「うん。」
「次は、奥にある本殿です!ついてきてください。」
ナズナは広い境内を進み始めた。
俺もそんな彼女についていく。
社務所から回り込むように裏手へと進んだ。
しばらく歩く。
「あっ、見えました。あれですよ。」
ようやく、拝殿の裏に回った彼女が指差した先には、拝殿の裏手にある建物が見えた。
ああ、確かにあれが本殿なのだろう。
本殿は拝殿に負けず劣らずの存在感があった。遠くから見ているにも関わらず、拝殿の裏手に控えめに姿を現したその建物。
どちらかといえば、拝殿の華やかさとは少し趣を異にし、より静謐で厳かな雰囲気。
黒光りする瓦屋根は、拝殿と同じく幾重にも重なっており、棟の先端には金色の装飾が施されている。その形状はどこか流線型を思わせる滑らかさを持ちながらも、鋭い先端が空を指しているようだった。
その屋根の下には太い柱が立ち並び、全体をしっかりと支えている。柱は漆塗りではなく、自然な木目を活かした仕上げで、その素朴さが逆に重みと威厳を感じさせた。
ナズナに連れられて、その本殿へと近づく。
「ここが本殿です。」
ナズナが足を止め、誇らしげに言う。
近づいてみると、周囲をぐるりと囲む木の柵が目に入った。これは『玉垣』と呼ばれるもので、本殿を守る役割を果たしているらしい。柵越しに見える本殿の正面には、分厚い木製の扉があり、その表面には複雑な文様が彫り込まれている。どうやら、この扉の奥にご神体が祀られているのだろう。
「普段はこの中に入ることはできません。特別な儀式のときだけ、中に入れるのですよ。」
たしかに、ナズナの言うように、参拝客からは遠ざけられるような配置と中に入れないようになっていて、その存在が逆に神聖さを際立たせている気もした。
「本殿は、ご神体である神様をお祀りする場所です。」
「はぁ、そうなのか。」
「そうですよ!でも、私がいるからいつでも入り放題です!」
彼女はとんでもなく失礼なことを言っているような…。
まあ、でも、ここに住んでいる以上、そんなものかもしれない。
「ちなみに、なんていう神様なんだ?」
「それは、秘密です。」
彼女はそう言って軽く笑った。
「でも先輩、ここに祀られている神様は、とても古くから信仰されている神様なんですよ。」
ナズナがふわりと笑みを浮かべながら説明を続ける。
「へえ…。」
「それに、とても優しい神様だって言われています。だから、安心してくださいね。」
その笑顔を見ると、なんとなく心が和らぐ気もした。それでも、この神社全体に漂う独特の雰囲気が気になって仕方がない。
ナズナが俺を本殿の右手に誘導する。
そこから先を見ると、何か日本庭園のようなものが見えた。そして、本殿の後ろからは、渡り廊下が伸びており、ある建物へと続いていた。
その建物はでかい。
「ここから先はですね。」
そういうと、彼女は口をと出した。その表情はとても悪戯っぽいもので。なにか悪だくみをしているかのような…。
「なんだ?」
「ふふっ、ついてくれば分かります!」
なんだそりゃ。
俺は何か、ナズナの話術にハマっている気がし始めていたが、他にすることもないし、俺はナズナについていった。
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