第11話

 警察署の正面玄関をくぐると、磨き込まれた床の匂いと、古い暖房の湿った空気が鼻をついた。

 そこに、見慣れた長身の男が立っていた。ジョセフ・ウィンストン刑事――戦友でもあり、数少ない署内の味方だ。

「1年前の“自殺”の再捜査と、不祥事の摘発、それに殺人事件の真相の暴露だって? 一体どういうつもりだ、ダニエル?」

「先日、君に尋ねたジョン・ハインズ氏の“自殺”と、その後のごたごたが、一気に片付く。……そして、こいつ――ジムは、この事件の重要な証人になる」

 ジョセフは、隣に立つ大男を見上げた。戦場帰りの傷跡を持つ顔に、感情は読み取りにくいが、その背中には長年の重みが宿っているのが分かった。


 署内の大会議室。蛍光灯の白い光が机を照らし、空気は紙とインクの匂いで満ちている。

 そこには、事件に関わった面々が揃っていた。マコーミーは隅の椅子に腰を下ろし、目の下には濃い隈ができている。

 ジムに投げ飛ばされた制服警官たちも列席し、包帯やギプスが目立った。

 正面には、腕を組んだ警察署長が無言で座っていた。

 ダニエルは会議室の中央に立ち、視線をぐるりと一周させた。

「これから、ジョン・ハインズ氏の“自殺”の真相と、その後のトマス・ハインズ氏殺害について明らかにします」

 室内にざわめきが走る。

 ダニエルは一呼吸置き、はっきりと言った。

「まず、ジョン・ハインズ氏の死因は――間違いなく、自殺による転落死です。その証人が、このジム・ハウプトマン氏だ」

 ジムが椅子から半ば立ち上がる。

「……ちょっと待て! 俺は一度も、自殺を目撃したなんて言っていないぞ!」

「だが、あそこまで神経質にジョンの部屋を守っておいて、他殺の証拠が何一つ見つからないというのは、どういうことだ? 順調な商売をしていたという事実は、あえて“他殺”を匂わせる状況証拠になる。お前は、それを黙って利用した」

「自殺したとしても、俺には何の得もない! 生命保険金だっておりやしない!」

 ジムの大きな拳が、机を小さく震わせた。

「その話は後にしよう」

 ダニエルはすぐに切り替えた。

「一方で、死因を明らかにすれば相続人の資格を得られる――そう考えたトマス・ハインズ氏は、私と警察……そこにいるマコーミー警部の両方に声を掛けた。そして“他殺”である証拠を得ようとした」

 マコーミーの口元が強ばる。

「だが、マコーミー警部はそこで暴走し、私を殺人犯に仕立てようとした」

「そ、それは……事実だが!」

 マコーミーは立ち上がりかけた。

「トマスを殺したのは、私じゃない! 本当だ!」

「それは私も認める。マコーミー警部は、トマス殺害には関与していない」

 会議室の空気が一瞬、張り詰めた糸のように静まり返る。

「では――誰が犯人だと?」

 全員の視線がダニエルに集中する。

 彼はゆっくりと、右手の人差し指を立て、ある人物を真っ直ぐに指し示した。

「――それは、彼だ」

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