第9話

 舗装の継ぎ目を踏むたび、車内に低い振動が伝わった。窓の外では、深夜の街灯が途切れ途切れに過ぎ去っていく。

 大男は助手席に身体を沈め、顔の半分を手で覆っていた。

 ダニエルはハンドルを握ったまま、横目で様子をうかがう。

「ジョンとトマスの間に、何かあったのか」

 短く問いかけると、大男はしばらく無言だった。暗闇の中、分厚い肩が小さく上下する。

「……トマスには、ジョンほどの事業の才はなかった。起業しては倒産、起業しては倒産。その繰り返しだった」

 声は低く、言葉を選ぶように間がある。

「そのたびに、ジョンは甥のために金を出した。だがな……トマスはじきに気づいたんだよ。商売なんかしなくても、ただ金を無心する方がよっぽど効率がいいってな」

「その話は、ジョンの取引先からも聞いた」

 ダニエルは視線を前方に戻す。港の方角から、微かに潮の匂いが忍び込んでくる。

 大男は窓の外をじっと見つめ、わずかに息を吐いた。

「俺はジョンの秘書だった。戦争でこの顔になってから、どこも雇ってくれなかった。けど、ジョンは違った。俺を“右腕”として使い、給料も他の社員と同じにしてくれた」

 その声には、深い感謝と同時に、どこか滲む怒りがあった。

「だからこそ、ジョンが築いた富も信用も、あのトマスに全部呉れてやるって話には……どうしても納得がいかなかった」

「だが、トマスを殺したのはあんたじゃない」

「ああ。二、三発殴って脅してやれば、大人しくなると思って今日は来たんだ」

「刑事たちは?」

「知らねえ。ただ……トマスの頭を吹っ飛ばしたのは、あいつらじゃないのかと思ってる」

 ダニエルはハンドルを切り、倉庫街へと続く直線に入った。夜霧がライトを白く曇らせ、道路脇の影がゆっくりと流れていく。

「ジョン・ハインズの事業を、詳しく知りたい」

 助手席の巨体がこちらを振り向き、少しだけ表情を緩めた。

「……俺のことは、ジムと呼んでくれ。ジム・ハウプトマンだ」

「分かった、ジム」

 エンジン音だけが、暗い道に響いていた。

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