第4話 灰褐色の尻尾

とりあえず服着てくれないかな、と言うと、彼は、どこからか服を持って来た。


祖父の服では小さいのではと思ったが、 22世紀の青い猫型ロボットのキャラクターの描かれたTシャツとハーフパンツはサイズぴったり。


「可愛いだろ?セニョール・滝本が買って来てくれたんだ!」

「・・・じいちゃん?」


じゃあ、この人、じいちゃんの知り合い?


セニョール、というからには、スペイン語圏の人だろうか。


スペイン語を話す国というのは結構あるから・・・一体どこから来たのか。


「・・・あの・・・祖父は、先日亡くなりまして・・・どのようなご関係でしょうか・・・」


祖父は高校教師だったから教え子は多かったろうけれど、その中に外国人まで居たというのは知らないし、公民館で講師をしていたそうだからその関係だろうか。


「・・・マリ、まずはちゃんと名乗らなくては。・・・私は、バルトロメ・フロレンシオ・サカリアス・メンドーサ・ゴンザレス。正式にはヴィスコンテ子爵がつく。・・・君のおじいさんであるセニョール・滝本からは、ゴンと呼ばれていた」


彼は確かに流暢な日本語を話したのだ。


しかし、サッパリわからない。


大手外資系コーヒーチェーンのメニューのような、何か呪文のようなお経のような事を言われたな、とは分かったが全く聞き取れず、最後だけは分かった。


「・・・ビスケットついた面倒なフラペチーノがなんだって?・・・ん?ゴン?」

「セニョール・滝本には大変に世話になった。親切な紳士で、さすが私の運命の女性の祖父殿・・・」


ああ、分かった。と万里まりは理解した。


・・・警察じゃなくて病院か。


「・・・あなた、救急車ってわかる?働いてるなら保険証って持ってる?旅行なら保険入って来た?」


自称ゴンは、違う、と首を振った。


「マリ、そうではない。私は、バルトロメ・フロレンシオ・サカリアス・メンドーサ・ゴンザレス。正式にはヴィスコンテ子爵・・・」

「・・・いや、だから!」


本当に困るのよ、こういう人。

前職でも、今の職場でも、上司や同僚やお客様で話が通じない人、会話にならない人、いる。

その度に、いつも自分が対応に引っ張り出されて・・・。


「・・・いい加減にして。ゴンザレス?野球選手かなんか?・・・ゴンって・・・犬じゃあるまいし・・・」


ふと、彼の首元のアクセサリーに気づいた。


革製のチョーカーだと思ったものは、首輪のようなデザインで、ドッグタグには、祖父の達筆な筆跡で“滝本ゴン”と書いてあった。


それは確かに、祖父が残したあの大型犬が首につけていたもの。


・・・何この人・・・。


なんて裸で人んちの犬の首輪つけてんの・・・やっぱり変態・・・?


それとも。

私には、犬が、人間に見えてるの?


「犬の・・・ゴン?」

「そう。そのゴンだよ!」


彼は嬉しそうに微笑んだ。


「待って待って待って。私、最近、疲れてるとは思ってたけど・・・私が病院だ・・・」


どうしよう、重症だ!


「・・・マリ、安心して。マリはおかしくないよ。俺は・・・そのゴンでね。正しくは、犬じゃない。いわゆる、狼男ホンブレロボです」


・・・ああ、もう、すぐにでも病院だ、検査入院だ。


「・・・そしてね、君は、La condesa de伯爵令嬢・・・マリア・イザベル・ララ・デ・イ・メディナセリの、生まれ変わり。会いたかったよ、愛する人!」


彼はそう言うと、またしてもガバッと万里マリを抱きしめた。


ああ、やっぱりこの人がおかしいんだ!


・・・狼男に、伯爵令嬢に、生まれ変わり、だってさ。


いかに世界が乱世で混沌としていたって、こんな事言い出す人がいるなんて、世も末だ。


「・・・ねぇ、ゴ、ゴン、さん?・・・病院行こう。私良い心療内科知ってるの」


・・・何だか知らないけれど、犬臭い・・・。


風呂入ったのに。


万里まりは泣き出したい気分だった。


男は、信じられないと言うように見つめて来た。


だって、この状況なら「私もよ、会いたかったわ」とか、記憶が無かったとしても「どういう事なのかわからないけれど、今の今ですっかり恋に落ちたわ、私のお星様」のはず。


なのに。


「・・・万里まり、何言ってるの・・・?」

「・・・アンタこそ、何言ってるのよ・・・!」


抱きしめられて、手に何かモサモサしたクッションのようなものが触れて、不思議に思って見てみると、剥き出しの臀部にグレーと黒が入り混じったような尻尾が生えていた。


何これ、昔流行ったアクセサリー?

ふざけて!


むんずと掴んでひっぱると、ぎゃん!と男が叫んだ。


万里まり!尻尾は!尻尾はダメ!あ、あと、恥ずかしいから、お尻は見ないで・・・!」


彼は、半ケツ状態ではみ出した尻尾をしゅんと下げて、恥ずかしそうにした。


「・・・いや、さっき、前、丸出しだったけど・・・。え?何、このシッポ?引っ張ると、痛いの?・・・本物?!」


・・・本物の尻尾って、何?!


「前?それは、この狼男子爵ヴィスコンテ・ホンブレロボ、何も恥じるものではないよ!で、でも、お尻は・・・恥ずかしい・・・」


よく見ると、黒褐色の髪に埋もれるようにして、犬の耳もぴょこぴょこと動いていた。


・・・嘘でしょ・・・!?


死の床の伯爵令嬢に谷間の百合リリオ・デ・ロス・パジェスを渡せなかったばかりに狼男となった貴公子の青年と、可憐な令嬢の生まれ変わりのこれが運命の再会である。


・・・お互いに、それは望んだような物ではなかったにしても。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る