第5話 甘美なひととき


「直接的な暴力は禁止、か……」


 光球の宣言に対し、僕はなんとも甘美な響きだと感じていた。これで理不尽な理由でハヤトたちに殴られずに済むからだ。


 でも、安心してばかりいられないのも事実だ。それは、ジョーカーカードによる暴力なら良いという条件があるから。いずれ、いじめっ子のハヤトたちがそういう危険なカードを獲得したら、その矛先が僕に向けられるのは火を見るよりも明らかといえる。


「……」


 僕は手元のSSRのジョーカーカード【鬼神乱舞】をじっと見つめた。


 もし、このカードが冷酷な人の手に渡っていたらどうなるんだろうって考えるとゾッとする。それでも、僕が持っているから安全ってわけでもない。他の有用なジョーカーカードを持っている人に奪われる恐れだってあるんだから気を付けないと。


 SSRなので他人にはしばらく白紙に見えるだろうけど、奪って持ち去ることで完全に自分の所有物にできるとしたら……?


 借りものではなく、譲渡等で持ち主が入れ替わったと判断されて名称も効果もバレてしまう可能性は十分にある。そうなると、もういつ何が起きてもおかしくはないんだ。


 僕は最初に手に入れた【SSR確定】のスキルカードと、【鬼神乱舞】のSSRジョーカーカードを交互に見つめたのち、それをなんとなく重ねてみた……ってあれ? 二つ重ねたはずのカードが一枚になった。もしや、落としてしまったのかと思ったけど足元にはない。


「どこに……って、これは……」


 よく見るとカードの表面が微妙に光り輝き、『カードを1枚ストックしました』と表示されていた。どうやらカード同士はくっつけることで合わさる構造みたいだ。こりゃ便利な仕組みだね。しかも、表面がスマホのインターフェイスみたいになっていて指でスライドすることができた。スキル欄とジョーカー欄で分かれており、それぞれ【SSR確定】【鬼神乱舞】と表示されていたんだ。


 これって分離はもうできないのかなって思うと、『分離しますか?』と表示されて、心の中で承諾したら二枚に分かれた。念じるだけでも反映されるんだから凄い。捨てるのも可能なのかなって思ったら、『廃棄しますか?』と出てきたので慌てて拒んだ。間違って承諾したら消えちゃってたかも。ある意味怖い。


 一枚に纏められるのはもちろん便利だとして、こうして分離できることで、もしカードを奪われた場合でも被害を最小限にできる。安全な場所なら一つに纏めて、そうでない場所だと分けて持っていたほうが良いかもしれない。


「おい、ちょっといいか、お前たちに話がある!」


 なんだ、ハヤトがいきなり大声を上げた。


「これからは俺がこのクラスのリーダーになろうと思う。お前ら、俺に従えよ!」


「うっす、もちろんっすよ、ハヤトさん」


「そりゃもう、ハヤト氏に一生ついていきますよ」


「「「「「……」」」」」


 取り巻きのトシオとコウキ以外は誰も応答しない。そりゃそうだ。いじめを平然とやるようなやつがクラスのリーダーになるなんて、それこそ独裁者みたいなもんだからね。 カズヤとの件で権威も大いに下がってるのもあるのか、子分以外は無反応だ。


「……チッ、舐めやがって。覚えてろ! 俺に従わなかったこと、後悔するなよ? お前ら、行くぞ!」


「「へい!」」


 それが気に障ったのか、ハヤトが顔を真っ赤にして取り巻きとともに教室から飛び出していった。てっきり僕に八つ当たりしてくるかと思ったけどそうでもなかった。 まあ直接的な暴力は禁じられてるし、僕をいじめるとさらに顰蹙を買うと判断したからかも。 一連の流れを見てたら胸がスカッとした。


 そういや、トイレは使えるのかな? 緊張から解き放たれたのか催してきたのもあって僕は教室を出る。


「――大丈夫みたいだ」


 トイレは普通に使えたし流すこともできた。異次元に閉じ込められたのに、そこは普通に使えるんだな。


「あっ……!」


 ぼんやりとしながらトイレを出たところで、僕は誰かとぶつかった上に転ばせてしまった。


「ご、ごめん。大丈夫……?」


「……うん、大丈夫。私のほうこそ、ごめんね」


 少女が僕の手を借りて起き上がると、頭をぺこりと下げてきた。顔に表情はないけど礼儀正しい子だ。


「あの」


「ん?」


 そのまま立ち去ろうとしたら後ろから声をかけられて、振り返ると少女が僕にカードを渡してきた。


「これ、落としてた」


「あ、ありがとう!」


「……白紙」


「え……?」


「私と、


「……そ、そうだね!」


 僕は嬉しいと思いつつも、なんだか恥ずかしくなって、カードを受け取るとともにその場を急いで立ち去るのだった。


 同じ外れだと思ったから白紙だと言ったのか、SSRカードが他人には白紙に見えるからそう言ったのかはわからない。でもあの子、なんだか可愛かったな。もっと話せばよかった……って、僕ったら何期待しちゃってるんだか。


 あ、いつの間にか僕は教室へと移動していた。異次元ガチャの時間だから自動的に転送されたみたいだ。他の人もそうだろうけど、こういう異常な環境っていうか仕組みに既に慣れてきている自分が怖い。

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