孫を庇って死んだ英雄が、孫になっていた件 ~英雄の才能を活かし、孫を英雄に~
αβーアルファベーター
1部
【1】転生
❦
大陸最強と呼ばれた老英雄、
ガルド・ヴァレンシュタイン。彼の名を知らぬ者は、いまやこの大陸にはいない。
六十余年にわたり剣を振るい続け、
幾多の戦乱を鎮め、
魔の災厄を幾度も斬り伏せてきた。
“英雄”とは何かと問われれば、
まずその名が挙がるほどに。
だが、時は無情だ。
若き日に人々が畏怖した剣聖の姿はもうなく、背は丸まり、白髪は雪のように増え、
手には老いの震えが宿る。
その肉体に残された力は、かつての輝きの影すらも映せぬほどに萎えていた。
それでも――ガルドは剣を手放さなかった。
「父上、しばらくこの子を頼みます。」
息子はしばらく遠征へ。
北の大陸アランフェアリーに。
もちろん子守の時でも、老いた体であろうと、最後まで人々を護ると決めていた。
そして、その時は訪れる。
最後の敵は、思いもよらぬ形で姿を現した。
村を襲いし、黒き竜。
かつて若き日に討ち漏らし、
深い傷を負わせながらも逃した因縁の魔物。
幾度も悪夢に見た影が、老いさらばえたガルドの前に再び舞い降りた。
「っ……まだ、生きていたか……」
その瞬間、
かすかな炎の唸りが響き――。
「じいちゃん、危ないっ!」
孫のユウリが、咄嗟に駆け寄る。
まだ十歳にも満たぬ、小さな体。
その幼い身が、
竜の吐息の炎に呑まれようとしていた。
ガルドは――迷わなかった。
「――ユウリッ!!」
老いた身に残された最後の力を振り絞り、
孫を抱き締める。
「じ…じいちゃん……」
次の瞬間、黒炎が襲い掛かり、
老英雄の肉体を焼き尽くした。
「ゔぁああああ!」
焼ける皮膚の痛み、裂ける肺の叫び。
それでも、彼は腕を緩めなかった。
最後まで孫を庇い、
最後まで“英雄”であった。
こうして、
英雄ガルド・ヴァレンシュタインの生涯は幕を閉じる――はずだった。
❦
――光だ。
意識がある。何故だ?
まばゆい白に包まれて、
しばし視界はぼやけていた。
目を擦ると、見えてきた。
あの村の、我が家の天井だ。
(……馬鹿な。私は、確かに死んだはずだ)
ガルドは反射的に跳ね起きる。
しかし、すぐに違和感に気づいた。
体が……軽い。
節々の痛みも、長年の戦で刻まれた
無数の古傷の疼きもない。
震えるはずの手は、
驚くほどにしっかりしている。
恐る恐る鏡に向かう。
そこに映っていたのは
――孫、ユウリの姿だった。
声変わり前の幼い顔立ち。
小さな手足。
それは紛れもなく、
庇ったはずの孫の姿そのもの。
「な……何だと……?」
口をついて出た声すら、少年のものだった。
「あ、あ゙ー」明らかにユウリ。
だが、胸の奥底には確かにある。
老英雄ガルドとしての記憶。
そして六十年を超えて
研ぎ澄まされた膨大な戦闘技術が。
(私は……ユウリに“なった”のか……?
いや、ユウリが俺に…?)
混乱する思考の中、
窓の外をふと見やる。
遠くの空には
――再び、黒き竜の影が舞っていた。
血が騒ぐ。
かつて枯れかけていた闘志が、
若き肉体に満ち溢れていく。
握った拳が小さく震えた。
「いいだろう……」
小さな声で呟く。
だがその声音には、英雄として幾多の戦場を駆け抜けた男の威厳と決意が宿っていた。
「この若き肉体と、与えられた新たな時。
無駄にはせん。今度は――
守るだけでなく、育てるのだ」
英雄は孫となり、第二の生を歩み出す。
老いた体では為し得なかった夢を、
新たな肉体と共に叶えるために。
それが、孫に転生した英雄の役目。
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