第3話〈映画〉



 1週間後の土曜日。

 午前10時27分。


 駅ビルの大時計広場へと急ぐ祐鶴。

 明るいブルーのノースリーブカットソーに 白いフワッとしたスラックス。



「ゴメンね 夕希ちゃん 待たせちゃった?」


「いえ。今 着いたところです」



 もちろん 嘘で30分も前から 夕希は この待ち合わせ場所でスタンバイしていた。



「夕希ちゃんの オレンジチェックのワンピース可愛いわねぇ。普段 パンツスタイルが多いから 凄く新鮮。オレンジ系のシャドウとリップも 服に合ってて オシャレじゃない。素敵よ~」


「あっ ありがとうございます。可愛い服とか 持って無いんで 妹に借りました……」


「あら? そうなの? じゃあ 映画 終わったら デパート行こっか。ちょうど夏物バーゲンしてるし……。わたしも 新しいアウター欲しいと思ってたとこなの」


「はっ はい。分かりました」


「あれ? 気乗りしない?」


「いえ あの… デパートとか 行ったことなくて……なんだか高そうで」


「バーゲンだし大丈夫よ~。そこまで高くないハズ。この前ボーナスも出たでしょ?」



 職場とは 少し違う歳上の雰囲気に ドギマギする。

 祐鶴は いつもより 少し明るめの色味にしたメイク。

 ネイルも職場でのナチュラル系ではなく 鮮やかなターコイズ。

 『デート』という言葉が 夕希の中で 現実味を持ちはじめる。

  


「それに 仕事場でもプライベートでも ここぞっていう時は 高い服着た方がいいのよ? 背筋が伸びるじゃない」


 

 少し身を屈めて 夕希の目を覗き込み 悪戯っぽい笑顔。



「はっ はいッ」


「もう…。そんなに緊張しないで。お互い 素の自分を見せ合うのが目的でしょ? それに せっかくの『デート』なんだし楽しみましょ?」


「はっ はいッ。たッ 楽しいデートにしたいですッ」



 まだまだ 肩に力の入った歳下の態度に微苦笑を禁じ得ない祐鶴。

 


「まぁ いいや。何の映画観るんだっけ?」


「あっ はいっ。課長が見たいと仰ってた『ヴァンパイアスレイヤー ~劇場版~』のチケット押さえてあります。けっこう アニメとか見られるんですか?」


「うーん。アニメは そんなにかな~。『ヴァンパイアスレイヤー』はコミックで読んで気になってるのよね。夕希ちゃんは?」


「わたしは マンガは読んで無いですけど 映画の1作目は 友達に誘われて見ました。マンガは よく読まれるんですか?」


「最近は忙しくて話題作だけかな……。昔は 兄や姉のを借りて色々読んでたんだけど」



 お互いのことを尋ね合いながら並んで歩き 駅チカのシネマコンプレックスへ……。

 

 ………。

 ……。

 …。



 エンドロールが終わり 映写室の明かりが灯る。

 


「けっこう 怖かったわね~っ。夕希ちゃんは 大丈夫だった? わたし ドキドキしっぱなしだったわ……」


「わたしも 途中から ずっとドキドキしてました……」


「よね~っ。血が飛んだりするシーンって やっぱり アニメだと迫力が違うんだもの……」



 ぎゅっと夕希の手を握る祐鶴。

 もちろん 夕希がドキドキしていたのは 物語の内容ではなく 映画の途中 自分の手を祐鶴が握って その後 ずっと離さないから。



「そっ そろそろ出ましょうか?」


「そうね……って わたし……あっ」



 立とうとして 自分が隣に座る夕希の手を握りしめていることに気づく。

 


「ごっ ごめんねっ。デっ『デート』だったわねっ つい 女同士だって思っちゃって……。夕希ちゃんは 嫌じゃなかった?」


「……いえ。でも ドキドキはしました」


「そっ そうよね……。ドキドキするわよね。『デート』だものね……。いっ 嫌じゃなかったなら いいんだけど」


 

 ………。

 ……。

 …。



「これなんか 可愛いんじゃない? 夕希ちゃん スレンダーだし 似合うと思うな~」


「白いワンピース ちょっと大人っぽい感じもあって いいですけど。……少し高い気も……」


「買ってあげようか? 初デートだしね。それに この間 誕生日だったんでしょ。お互いに なんかプレゼントしましょ?」


「えっ でも…こんな高いもの……」



 戸惑う夕希を見て 微笑む祐鶴。



「それも〈付き合う〉んだったら 考えないとね。お付き合いするんなら人としては対等だけど わたしの方が年齢も 役職も上だから 同じようにプレゼントしようとか思うと苦しくなるわよ。値段じゃなくて気持ちを受け取ってくれないと続かないわ……」



 職場で 夕希の考えの足りないところを指摘する時と同じ口調で諭す。

 そして いつもの包容力のある笑顔。



「どう 付き合えそう?」



 祐鶴の目を 真っ直ぐ見返して ちょっと照れたような はにかんだような表情で夕希が答える。

 

 

「このワンピース 欲しいです。課長が選んで下さったものだし。……課長も 欲しいものあったら 言って下さい。もうすぐ 課長も お誕生日ですよね。精一杯の気持ちを込めてプレゼントします」


「ありがと。でも ホント 高いものじゃなくて いいからね。それに わたしが選ぶより 夕希ちゃんに選んで欲しいも」


「わかりましたっ。どんなものが欲しいですか?」


「そぉねぇ……。ピアスとか いいかもね。そんなに高くないし。身に付けられるモノだし」



 ………。

 ……。

 …。

 


 2週間後の土曜日。

 朝9時 祐鶴の住むマンションのエントランス前。



「ありがとね。迎えに来てくれて」


「いえ。立派なマンションですね」


「まーね。慰謝料代わりに ふんだくってやったのよ。それでも まだ ローン残ってるんだけど」



 祐鶴は おどけたように肩を竦めてみせる。



「夕希ちゃんの クルマも可愛いじゃない」



 エントランス前の来客用駐車スペースに停められた赤色の軽自動車。



「今日はドライブなので レンタカー借りました」


「美味しいお店に連れて行ってくれるんでしょ?」


「はいっ。海鮮イタリアンのお店を予約してありますっ。途中で水族館にも寄る予定です」


「ペンギンちゃん 楽しみ~」



 夕希が ツーシーターのオープンカーの助手席側に回り込み ドアを開ける。



「やだ。そこまで しないで……この歳で お姫様扱いとか 恥ずかしいわ」


「課長の 碧のストライプの開襟シャツと白のフレアスカート 素敵です」


「ふふっ ありがと。夕希ちゃん きっと この間の白いワンピース着てきてくれると思ったから それに合う感じのコーデにしてみたの。どうかしら?」


「とっても お似合いだと思いますっ」


 

 ゆっくりと乗り込みながら 少し満足気に微笑む祐鶴。

 反対側に回り 運転席で発進準備のためにルームミラーの位置を調整する夕希は映り込んだ想い人の耳許に目を留める。



「……あの 碧のピアスして下さってるのも 嬉しいです」


「うん。とっても可愛いんだもの お気に入りよ。時々 職場にも着けて行ってるのよ?」


「先週の木曜と今週の火曜ですよね。すみません……気づいてたんですけど 言えなくて」


「ううん。いいのよ。職場は お仕事するところだもの。気がついてくれてただけで嬉しいわ」


「じゃあ 出発しますね。安全運転で 行きます」


「はい。お願いします」



 祐鶴が頷くと 赤色のツーシーターは ゆっくりとエントランス前を離れたのだった。

 

 


 

 

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