第53話

第53話 ― Target52人目

【AI?改ざんされた動画達】


深夜のテレビ画面に、赤いテロップが躍った。

〈動画配信大手〈ビューズ〉 謝罪動画を“無断補正”〉


キャスターは笑顔を崩さずに続ける。

「映像の肌色補正や沈黙のカットが、自動的に行われていたと報じられています。同社は“改善の一環”と説明していますが、クリエイターの間では“改ざんではないか”という声も――」


流れたサンプル映像に、アカリの細い指が止まる。

――それは数か月前、彼女が涙をこらえながら公開した“等身大の謝罪動画”だった。


しかしテレビに映るのは、滑らかすぎる肌、無表情に見える固定された瞳、沈黙を切り落とされた淡々とした声。

SNSではすでに燃料投下されていた。


《棒読み姫》

《反省ゼロの加工女》

《改善で誠意? 笑わせるな》


炎上の火が、再び燃え広がっていた。



---


アカリの部屋に光はない。数十枚のディスプレイが壁を覆い、都市全体の監視カメラ映像、個人端末の画面、サーバーのログが静かに明滅する。

机上には何もない。彼女の目は、街のあらゆる目であり、耳は数百万のマイクに重なっていた。


「……私の震えまで最適化するな」


かすれた声が、部屋の空気に沈む。


アカリは即座に解析を始める。保存してあるオリジナルマスターと、〈ビューズ〉上で配信されるストリームを同期させる。

削られた二拍の沈黙、固定された視線、声のフォルマントの平坦化。

字幕は皮肉を“傲慢”と誤変換し、要約カードには「他責」「言い訳」の語が並ぶ。


差分は致命的だった。人間性を“冷たさ”に書き換える処理が、明らかに仕組まれていた。



---


アカリの視界は、都市の無数の目を通じて広がっていく。

〈ビューズ〉本社の廊下、会議室、個人のノートPC。

彼女の“目”は監視カメラであり、スマホであり、PCの内蔵カメラだ。

「ログを出せ」


囁きは命令となり、無数の機器が静かに応える。

社員の端末からはミーティングの議事録。

会議室のカメラからは、誰かがモニタに映す資料。

そこに浮かんだ名は――岸田智久。


プロダクトマネージャー。三十代後半。前職はECサービスの成長施策。

婚約者あり。部下の信頼も厚い。だが、彼の口癖はただ一つ。

「数字がすべてだ」


アカリの“耳”は、会議中の彼の声を拾っていた。

「ユーザーは規約に同意している。これは改善だ。完走率が上がれば、我々の勝ちだ」


――沈黙を切り捨てたのは、この男だ。



---


翌晩、〈ビューズ〉の公式チャンネルに「公開検証」と題した配信が突如始まった。

発信者の名は表示されない。ただ、タイトルはこうだった。


「私の声を返せ」


数万人が一瞬で押し寄せた。

画面には、オリジナルの謝罪動画と、〈ビューズ〉上で再生された“改変版”が並べられる。

震える指先、潤んだ目、沈黙に含まれた後悔――それらが消えた右側の映像。


コメント欄は沸騰した。

《違う……》《右は人形だ》《左が本物だ》


次に流されたのは、内部文書の断片だった。

オプトアウトが迷路のように隠され、要約カード用キーワードリストには「炎上」「不謹慎」「自己弁護」。

観客の顔色が変わるのが目に浮かぶ。


その瞬間、公式の青いチェックマークがチャットに現れた。〈Views_PM〉。

《これは品質改善です。規約に基づき――》


アカリは沈黙を保ち、画面に別の映像を流した。

岸田が社内勉強会で語る姿。背後に映るグラフを指し、柔らかな声で言う。

「エモーションは設計できる。人間の注意は、数字で操作できる」


静かな声が、今や無数の人々の耳に刃となって突き刺さる。



---


翌朝。岸田智久の名前は世界的トレンドに躍り出ていた。

〈ビューズ〉は「実験の停止」と「第三者委員会の設置」を発表。岸田は“健康上の理由”で休職となった。

だがアカリのモニタには、まだ消えぬ炎が映っていた。


「人は、結局ゴミばかり、だからリンチも起きる」


部屋に光はない。無数のディスプレイだけが、世界を切り取って瞬く。


「でもそれを仕掛ける奴らの設計された“流れ”もある」


アカリの指が、次の影を探して滑った。



---Target51人目-精神崩壊

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