第51話

第51話 Target50人目「倫理評論家」



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1. 倫理評論家という顔


彼の名は 樫村(かしむら)。

肩書きは「倫理評論家」「メディア倫理学研究者」。大学での非常勤講師経験を売りに、数年前から炎上事件が起こるたびにメディアに呼ばれる存在となった。落ち着いた口調、銀縁メガネ、整えられた口髭。その風貌は「知識人」の典型だった。


彼の決まり文句はいつも同じだった。


> 「ネットリンチは健全な民主制裁です。社会的に逸脱した者を、群衆が正す。それは古代から続く共同体の規律であり、むしろ称賛されるべき現象です。」




新聞にもテレビにも彼のコメントは載り、世間からは「現代社会における裁きの代弁者」として扱われた。


彼の著書『炎上社会の倫理学』には、実際に炎上した人物のケースが例として挙げられていた。その中に――

水瀬アカリの名前もある。

「愚かな発言をした未熟なYouTuber」として、まるで人間ではなく症例サンプルのように扱われ、未来永劫その記録は紙に刻まれ続けていた。



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2. 闇の本質 ― 他人の不幸で食う


だが、彼の「知識人」としての顔の裏側には腐臭が漂っていた。


出版社の編集者と酒を酌み交わしながら、彼はこう言った。


> 「次は誰を題材にしましょうか。できればSNSで炎上して、まだ誰も本格的に研究していない若手がいい。」




出版社も同罪だった。炎上事件を見つけてはネタとして仕込み、樫村に「倫理的分析」という衣を着せ、本にする。

炎上は“健全な制裁”ではなく――彼らにとっての飯のタネにすぎなかったのだ。


樫村は内心でこう合理化していた。

「他人を傷つけても、それは学問の発展であり社会の啓蒙である。私の利益は正当な報酬だ。」


倫理学者らしい言葉で、自分の醜さを飾り立てていただけだった。



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3. アカリの逆襲 ― 倫理の番人の不道徳


アカリは彼の著書を手にした瞬間、怒りで震えた。

自分の名前が例として掲載され、永久に「愚かな少女」として印刷され続ける。

彼が「倫理」の名を借りて、自分の存在を食い物にしたことが耐え難かった。


アカリは動いた。

出版社のメールサーバを侵入し、彼らの打ち合わせ記録、売上データ、酒席でのやり取りをすべて抜き出す。

そこには――


「炎上が起きたら即、樫村先生に連絡を」


「被害者が泣こうが苦しもうが、題材にすれば数字になる」


「水瀬アカリの炎上は、若年層マーケット向けに最高の材料」



といった会話が生々しく残っていた。


アカリはSNSと匿名掲示板を通じて、一気に暴露を開始。

「倫理の番人」が、最も不道徳な商売をしていた――その事実は瞬く間に拡散され、樫村は「知識人」から「人の不幸で稼ぐ寄生虫」へと転落していく。


テレビ出演のオファーは消え、大学からも距離を置かれ、評論家仲間からも冷笑される。

だが彼は――それでも金のために書き続けようとした。



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4. 出版社での打ち合わせ


ある夜、雑居ビルの一室。

樫村は出版社の編集者たちとテーブルを囲んでいた。


「次はあのVTuber炎上事件を題材にしませんか?まだ熱が冷めていない」

「いいですね、樫村先生。先生の“民主制裁理論”と絡めればまた売れますよ」

「世間が叩けば叩くほど、我々の本は売れる」


彼らは酒臭い笑いを飛ばし合い、次の犠牲者を物色していた。

倫理などどこにもなかった。あったのはただ、金と話題性だけ。


樫村はグラスを回しながら、ふと窓の外を見た。

「……アカリよ。お前は永久に書物に刻まれる。お前は“健全な制裁”の象徴だ。」

そう呟いた。



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5. アカリの制裁 ― 炎上する雑居ビル


だがその瞬間、ビルの火災報知器が鳴り響く。

編集者たちは慌てて立ち上がるが、スプリンクラーは作動しない。

むしろ、部屋の酸素濃度が急速に下がっていく。


アカリがネットを通じて制御していた。

火災報知器を誤作動させ、非常口をロック。

スプリンクラーからは水ではなく、逆に酸素減少システムが作動し、外への脱出を封じた。


次の瞬間、電気系統がショートし、書棚に積まれた本や資料に火が走る。

「炎上社会の倫理学」――その表紙が真っ先に燃え上がり、炎は部屋全体へと広がった。


樫村と編集者たちは逃げ場を失い、炎と煙に呑み込まれていった。


その光景を、アカリは冷たい目でネット越しに見届けていた。

「炎上は健全な民主制裁」――ならば、これこそ最も健全な制裁だ。


雑居ビルは夜の街に赤々と燃え上がり、彼らの名もろとも灰となった。



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