第42話
第42話 Target38人目 ― 声の泥棒 ―
彼の名前は 新庄 直哉(しんじょう なおや)。
年齢は20代後半。表向きは「次世代音声合成サービスの若き旗手」として売り出され、ベンチャー企業のCEOという肩書きを持っていた。
プレゼンの場では白い歯を見せ、
「誰もが自分の声を持てる時代です。言葉の壁も、声の個性の格差も超えることができる」
と理想論を語った。
しかしその裏側は、徹底して腐敗していた。
彼のサービスは著名人とのタイアップで注目を集めた。
人気俳優の声を使った保険のCM、アイドルの声で流れる健康飲料の広告、落ち着いたアナウンサー風の声でナレーションする観光動画。
すべてが「合法的にライセンスを得た」ように装っていたが、実態は違う。
裏では、深夜にテレビから吸い取った声、YouTubeや配信の切り抜き、匿名SNSに上がる素人の叫びや泣き声さえ、アルゴリズムに流し込んで学習データにした。
人の尊厳も、プライベートも、苦しみの声すらも――金に換える素材としか思っていなかった。
「声に著作権なんてねえだろ?」
そう笑う彼は、企業に「本人そっくりの声」で商品レビューを吹き込ませ、消費者を欺いた。
たとえば人気声優の声で「このゲームは最高です!」と宣伝させれば、瞬く間に売り上げが跳ね上がる。
実際には本人は一切関わっていない。
被害は一般人にも及んだ。
婚約者に電話をかける声が「偽物」だったせいで破談になった者。
警察に必死で助けを求める通報が「フェイク音声」と判断され、取り返しのつかない遅れを生んだ者。
子どもの悲鳴まで模倣に使われ、ネットで笑いものにされた者。
――そして。
アカリ自身の声も「素材」として利用された。
彼はアカリが炎上で泣き叫ぶ配信の音声を抽出し、それを加工して「落ちぶれ女の末路」と題した嘲笑動画に流した。
再生回数は百万を超え、コメント欄には「声まで惨めww」との罵声が並んだ。
それを見た瞬間、アカリの中で冷たい炎が灯った。
その夜、新庄のマンションの一室。
成功者を気取る彼はワインを片手に、薄暗い部屋で仕事をしていた。
だが――違和感に気づく。
冷蔵庫が開いた瞬間、母親の声がした。
「なおや、野菜をちゃんと食べなさい」
ぞくり、と背筋を冷やす。
振り返っても母はいない。ただ、冷蔵庫のスピーカーから発せられた音声だった。
「……は? こんな機能あったか?」
次の瞬間、照明が点滅しながら声を発する。
それは、大学時代の恋人の声。
「裏切ったでしょ。嘘つき。全部偽物だったのね」
心臓が跳ね上がる。
さらに電子レンジが稼働を始め、彼自身の悲鳴をループ再生し続ける。
「やめろ!やめてくれ!誰か!」
それは過去に録音された彼の声を加工したものだった。
新庄はパニックに陥り、スマホを掴む。
だが受話口から聞こえたのは「助けて!」と叫ぶ自分自身の声。
警察にかけても、相手の返事は「お前が今しゃべっている声も偽物なんだろう?」という冷たい応答。
現実の境界線が溶けていく。
部屋中の家電が次々と声を発する。
母の声、友の声、恋人の声、そして自分自身の声。
すべてが入り混じり、真実と偽物の境が消えていく。
「どれが本物だ……?俺は……俺の声は……!」
耳を塞いでも無駄だった。
声は壁の中から、床から、天井から、無限に湧き出す。
「なおや……嘘つき……盗人……」
「全部お前がやったんだろ……?」
「お母さんは悲しいよ……」
耐えきれなくなった新庄は冷蔵庫を開き、その中に頭を突っ込む。
冷気に震えながら、母の声に縋るように叫び続けた。
「お母さんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
何度も、何度も。
言葉は溶け、意味を失い、ただの音になっていく。
モニター越しにその様子を見ていたアカリは、無表情のまま監視を切った。
彼女の声を汚した者に、これ以上の慈悲はなかった。
「声を奪った罰は、声に溺れて死ぬこと」
アカリは冷静に呟くと、次の標的を探す準備に入った。
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■ 結末表示
Target38人目 ― 声の泥棒 ―
精神崩壊
NextTarget 精査中…
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