第8話
第8話 嘘で塗りつぶされた顔
──「事実なんて、視聴率の敵だよ」
そう言って、加藤剛(かとう ごう)はニヤついていた。
薄いスーツに、ギラギラした時計。
白々しい正義感を貼り付けた顔で、今日もテレビ局のスタジオに立つ。
炎上事件、芸能スキャンダル、SNSのトラブル──
「何が正しいか」なんて、彼にとってどうでもよかった。
大切なのは、誰かを叩いて、煽って、注目を集めること。
事実は要らない。感情だけで喋ればいい。
誰かの“火種”に、燃料を注ぐだけの存在。
そう、あの日も──
水瀬アカリの配信動画を、まともに一本も見ず、
切り抜きの一言だけを拾って、スタジオでこう断じた。
「どうせ裏ではバカにしてたんでしょ? あの程度の人間が人気なんて、おかしいよ」
「“弟がいじめられてる”って悩みに、“気にすんな”って返す? 終わってるでしょ」
「俺が教師なら、あんな奴は教室から追い出すね」
笑いながら、他の出演者の頷きを誘い、
視聴者の“憎しみ”を、見事に一つにまとめあげた。
それが、加藤剛の“仕事”だった。
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数週間後
彼のスマートフォンに、妙な通知が届き始める。
最初はTwitter風の匿名アカウントからのDM。
「昔のこと、バラされたくなければ、今すぐ謝罪しろ」
スルーすると、今度は週刊誌の記者から電話が来た。
「あなた、かつての番組アシスタントにセクハラしたって話、確認させてもらえますか?」
身に覚えのない話だ──が、記事は出た。
しかもSNSでは「加藤は裏で女子アナを妊娠させた」といった怪文書まで拡散されていた。
昔の番組映像を切り取られ、女性の隣で笑っているだけの場面が、「キモすぎるセクハラ」として拡散されている。
番組は休養扱い、事務所は契約を保留。
信じていた同僚すら、距離を取り始める。
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さらに追い詰められる
ある日、彼が過去にコメントしたネットいじめの被害者の遺族からの抗議文が届いた。
「あなたが笑いながら“ネットに出る覚悟が足りない”と言ったから、うちの子は首を吊ったんです」
その“言葉”は、アカリが改ざんした合成動画から流出させたものだった。
声も、表情も、完璧に再現されていた。
加藤が言っていないセリフなのに、本人すら記憶を疑うほど精巧だった。
外にも出られなくなった加藤
彼の玄関前には、連日、マスコミと匿名の「正義マン」たちが押し寄せた。
「セクハラ野郎!」「また嘘で人を殺すつもりか!」
ペンキをかけられたポスト、石を投げられた窓。
ドアの郵便受けから突っ込まれる、死ねというメモ。
コンビニに行けば、すれ違う誰かがスマホを向けている。
咄嗟に顔を隠して走る姿すら、SNSで晒された。
> 《逃げる元コメンテーター、みっともなっw》
誰も味方しない。
どこに連絡しても「対応できかねます」と冷たく切られる。
いつからか、加藤は部屋から出られなくなった。
何も喉を通らず、ネットもテレビも切った。
ただ、暗闇の中で、椅子に座って呼吸をするだけの毎日。
その部屋には
一つだけ、赤い光が灯っていた。
──パソコンの、Webカメラ。
彼の視線は、もうそこを見ることすらできなかった。
けれど、そのカメラの先に“誰かがいる”という気配だけは、消えなかった。
その“誰か”は、彼のすべてを見ていた。
──水瀬アカリ。
表情も、感情もない、完全な沈黙の中で。
ただ、目の前の画面を、じっと見下ろしていた。
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> 「TARGET_07 → 終了済」
水瀬アカリは、モニターを閉じる。
目に光はない。
感情は、とうに死んでいる。
「テレビが、正しいと誰が思い込んだのか?」
> 《Next: TARGET_08(選定中)》
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