元女勇者、激カワ幼女になったので美人の死神と今世を満喫します!~努力とチートで無敵でも、もう英雄にはなりません~

八星 こはく

第1話 勇者の生まれ変わり

 悪しき魔王を倒した勇者を、世間は大歓声で迎え入れた———のは、今から70年も前の話だ。

 魔王がいなくなり平和になった世界で、人々は勇者を恐れるようになった。

 そして今、勇者エリザベスは一人きりの部屋の中で、命が終わることを実感していた。


「……どうして」


 魔王討伐の褒美として与えられた屋敷にはいつからか、全く人が寄り付かなくなった。

 彼女を一族の誇りだと騒いでいた親族達は、いつの間にか彼女とは異なる姓を名乗る者が増えた。


 平和な世界に、英雄は必要ないのだ。


 なんとか頭を動かし、窓の外の景色を眺める。空から降ってくる雪の白さに、幼い頃雪遊びをした日々を思い出した。

 勇者でもなんでもないエリザベスが作った雪だるまを、村の人々は『素敵ね』『可愛いね』と褒めてくれた。雪玉を投げれば、『きゃー、いたーい』とはしゃいだ悲鳴を上げてくれた。


 幸福は、そんな日々にあったのではないだろうか。


 目を閉じながら、エリザベスは誓った。

 もしも、生まれ変わることができるのなら。もう一度人生をやり直すことができるのなら。


 ―――今度は絶対、英雄になんてならない、と。





「よし。腕立て伏せ1000回、腹筋2000回終わり。次は走り込み5000本」


 少女は頷くと、窓のない部屋の中を走り始めた。とても六歳のスピードとは思えない。そしてなにより驚くべきことは、驚異的な量の運動をこなしながら、彼女の額には汗ひとつ滲んでいないことだ。


 走り込みを終えると、次に少女は部屋の中央に立ち、両手を合わせて詠唱を始めた。


「水の精霊・オンディーヌよ、我に力を貸したまえ。顕現せよ、水の矢ドゥロォ・アロー!」


 少女が詠唱を終えると、彼女の真正面に水でできた矢が現れた。長さは彼女の背丈ほどだ。

 彼女が右手を振りかざすと、矢は真っ直ぐに飛んでいく。壁にぶつかった瞬間、眩い光が矢を包み込み、矢は消失した。


「……やっぱり、だめか」


 魔法の練習を始めて約二年。苦手なわりに成長しているとは思うけれど、この部屋全体に張られた、魔法を無力化する結界を突破することはできていない。


「お腹空いた……そろそろご飯かな」


 窓も時計もない部屋では、時間なんて分からない。しかし寝そべって数十秒後、部屋の隅にいきなり食事が現れた。

 トレイにのっているのは、パンが二つとサラダ、それから野菜しか入っていないスープにわずかばかりの干し肉。

 転送魔法を用いて送られてくる食事は、毎回ほとんど同じだ。


(さすがに、飽きちゃった)


 とはいえ、他に食べる物もない。あっという間に完食すると、少女は再び訓練に戻った。

 身体を鍛え、その合間に詠唱を重ねて魔法の訓練をし、空腹になれば地面に倒れ込む。

 かれこれ丸二年、少女はそんな生活を続けていた。


「あーあ。次こそは、平凡に生きたかったのになぁ」


 溜息を吐いて、壁を思いっきり殴る。通常なら拳の骨が折れてしまうはずだが、少女に痛みはない。

 それどころか壁の一部がえぐれた。飛び散った壁の欠片が自動修復魔法でゆっくりと戻る。


(やっぱり今回も、普通の魔法よりこっちの方が才能があるんだよね)


 本気を出せば、壁を突き破ることも可能だ。しかしそうすれば、彼女が壁を破壊したことがきっとバレてしまう。

 二年前、彼女をこの小屋に閉じ込めた人々に。そうすれば彼女は、平凡に生きることはできなくなる。


「神様も意地悪だよね。魔王まで倒してあげたんだから、死に際の願いくらい聞くべきでしょ」


 顔も知らない神に文句を言ってみたところでなにも変わらない。変わらないが、文句を言わずにはいられない。


 彼女の名前はエリザベス。

 前世と同じ名前を与えられたのは偶然ではない。

 彼女は勇者の一族の末裔として生まれた。そして生まれた瞬間、占い師が顔を真っ青にして言ったのだ。『この娘は勇者の血を色濃く継いでいる』と。


 そして彼女は勇者と同じ名を与えられ、村人達から恐れられるようになった。ただでさえ勇者の一族は周囲から警戒される存在なのだ。

 エリザベスの誕生により両親は孤立。四年の子育ての後、彼らはエリザベスを見捨てることで、自らの平穏な生活を取り戻そうとした。


(お母さんもお父さんも、悪い人じゃなかった……ただ、弱かっただけ)


 彼らは必死に戦おうとした。勇者一族へ向けられる偏見と。我が子へ向けられる恐れと。

 だが、周囲よりも先に変わったのは二人だった。


「……あーあ。どうしよう、本当」


 両親に捨てられた後、エリザベスは高度な技術を駆使して作られた小屋に監禁されることとなった。処刑されなかったのは、万が一のことを考えてだろう。

 もしもう一度魔王が現れた時、人々は再び勇者に頼るつもりなのだ。


 魔法使いの予言が間違いだったと証明できる日がくれば、エリザベスは今度こそ平凡な日々を手に入れられるかもしれない。

 しかし既に、自分が前世と変わらぬ力を持っていることに気づいてしまった。


「とりあえず、強くなっておくか」


 自分は強い。しかし幼い子供の身体ではまだ、十分に戦うことはできない。

 少なくともあとしばらくはこの生活を続けるしかないだろう。


 選ばれし人間しか習得することができないという、成長魔法を身に着けるまでは。

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