デートの前にショートなミステリー

星羽昴

File:01 付箋

「はなさないで」


 古びた付箋には、鉛筆でそう書かれている。お茶をこぼした後もあって薄汚れているが文字は擦れただけではっきりと読める。これがインクで書かれていたら、水分に滲んで読めなくなっていたかも知れないけど。


 わたしは、スマートフォンのロック画面を解除しようとして悪戦苦闘している。暗証番号を、一定回数間違えると数十秒入力できなくなるから厄介だ。

 この付箋の文字が、ロック解除の暗号だと思って試してる。

は → 8

な → 7

さ → 3

な → 7

い → 1

で → ?

 わたしなりの推理をメモ書きしてるが「で」に相当する数字が、想像できない。単純に「で=D」でアルファベットの四番目で「4」と思ったけど外れ。

 


 前髪ぱっつんロングヘアな髪型の少女が珈琲を持ってきてくれたが、わたしを見る目が険しい。絶対、わたしを嫌ってる。それは、敢えて無視!


「もう、あなたも手伝ってよ」


 テーブルの向かい側に座り醒めた目を、わたしに向けてる彼に応援を求めた。

 彼は、わたしの。わたしは、彼の

 ・・・のはずだ。

 珈琲を持ってきてくれたのは、彼の妹。市松人形みたいに可愛いのだが、ブラザーコンプレックスを拗らせてる。彼ののわたしに対して露骨な嫌悪が恐い。


「ショップに持って行って初期化すれば使えるだろう」


 合理的だが、人の心がこもらない返事が返ってきた。


「引っ越しで荷物を整理してたら、昨年亡くなった元会計士のお祖父ちゃんのスマホが出てきたのよ。もしかしたら写真とか思い出になるものが記録されてるかも知れないでしょう。だから初期化はしたくないの」


 彼は向かいのソファから面倒そうに立ち上がって、わたしの隣に座り直して祖父のスマホを眺めた。

 あ、妹の顔がまた険しくなった。市松人形より、角と牙の生える人形浄瑠璃だな。



「この付箋が、スマホに貼ってあったのか?」


「スマホは手帳型ケースに入ってて、そのケースに付箋がついてたんだよね」


 彼は付箋とわたしの書いたメモを眺めた後で、自分のスマホを取り出して見比べた。


「219174」


 え?画面ロックが解除できた。


 彼はスマホの電卓アプリを起動して、わたしに見せる。


 電話のキー:

 1 2 3

 4 5 6

 7 8 9


 電卓のキー:

 7 8 9

 4 5 6

 1 2 3


「貴女のメモ通りだよ。『で=D=4』も当たり。でも、電話と電卓はキー配置が違う。お祖父さんは、ロック解除の画面見ないで押してたんだと思う。会計士だったから電卓のつもりで」


File:01 付箋 ー終わりー

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