第四話 勘違いしないでよね!
「あー、えっと……その……オッス! 俺、ガイコツ! 静かで素敵な夜なのに、騒がしくして申し訳ない!」
言い訳をする前に、とにかく自己紹介と謝罪をしたのはよかったが、周りのアクションは一切無い。
これは、観察しているのか、怯えて動けなくなっているだけなのか……ど、どっちだ!?
「みなさん、このガイコツ男は軽薄ではあるけど、悪いガイコツじゃないわ。現にこいつは、あたしや酒場で働く母娘を助けてくれた。だから、心配する必要はないわ」
「そうなんだよ! ホネホネはね、こまってるわたしたちをね、たすけてくれたんだよ!」
「彼がいなければ、もっと大騒ぎになっていたかもしれません!」
どうすれば良いか考えている俺のために、美女三人が俺のために助け舟を出してくれた。
そのおかげで、村人たちの警戒が少しだけ緩み、とりあえずその場は解散という流れになった。
「ありがとう。おかげで助かったぜ」
「ふんっ、勘違いしないでよね! 助けに入ってきたあんたに、借りを作ったままにしておきたくなかっただけだから」
「うおっ、生でツンデレ見たの初めてなんだけど!?」
「誰がツンデレよっ! デレ要素なんてどこにもないじゃない! バッカじゃないの!?」
「酒場の美しいお二人にも、感謝の意を伝えさせてほしい。おかげで騒ぎにならなくて済んだよ」
「そんな、お礼を言うのはこちらです! 田舎の小さな酒場ですので、あんな乱暴な人が来ることはほとんどなくて……どうすれば良いか困っていたんです。まさか、この子が止めに入るとは、思ってもみませんでした」
「だって、ままのおみせでさわぐなんて、だめなんだもん……」
「うんうん、お嬢ちゃんはママのお店を守りたかったんだよな。でも、世の中には、さっきみたいな、こわ~いおじさんもいるからな。あんまりママを心配させるような、危ないことをしちゃダメだぞ?」
「うん、わかった!」
聞き分けが良くて、母親想いで、なんて良い子なんだ! きっとこれも、親御さんの教育のたまものだろうな! 将来は、きっと素敵なレディになること間違いなし! 俺の目に狂いはないぜ? まあ、目はとっくに腐り落ちてるけどな!
「ねえまま! ふたりに、おれいをするのはどうかな?」
「ええ、そうね。お二人に是非お礼がしたいので、お店に来てくれませんか? もちろん、お代はいただきません」
「その気持ちは嬉しいけど……あたしはむしろ、厄介ごとを持ってきた立場だし……あんたはどう思う?」
「とりあえず、ニーファは特に責任を感じる必要は無いんじゃね? 全面的に、ベクターが悪いわけだし。それと、お礼は素直に受け取った方が良いと思うぜ。ただ……その前に、俺は彼女に話さなければならないことがあるんだ」
俺は懐からお金が入った小さな麻袋を母親に差し出しながら、深々と頭を下げた。
「店の窓ガラスを盛大に割ってしまい、ほんっとうに申し訳ない! これ、弁償代です!」
「えぇっ!? そんな、お気になさらないでください!」
「そういうわけにはいかないですから! どんな状況だったとはいえ、割ったことは事実なんで!」
――弁償をしたい俺と、遠慮する酒場の主人のやり取りが何度も続いた結果、俺の勢いに負けた主人が、おずおずと麻袋を受け取ってくれた。
「……変なところで律儀なのね。まあ、あのバカよりかは、好感が持てるけど」
「おっ、なんだなんだ? 俺の男気っぷりに惚れちまったか? いいぜ、俺はどんな愛でも受け止める覚悟は出来ているっ!」
「…………はぁ」
「そのさ、こいつなに言ってるのバカじゃないの? みたいな溜息やめようぜ。ちょっぴり傷つくから」
「事実じゃない。ほら、さっさと行くわよ」
そっけない態度で店の中に入っていったニーファを追いかけて入ると、主人の娘が俺たちを席まで案内をしてくれた。
「店の中も、荒れちまったな……」
「すぐに、おかたづけするね! まっててね!」
腕まくりをして気合いを入れた小さなウェイトレスは、子供とは思えないくらい、手際よく片付けを済ませると、俺たちを席に案内してくれた。
「えっと、ごちゅうもんは?」
「そうね、あなたのママの一番得意な料理をお願いできるかしら?」
「ままはね、なんでもじょうずなんだよ!」
「ふふっ、そうなのね。それじゃああたしはミルクと、今日のオススメ料理をお願い」
「んじゃ、俺はビールと同じもので!」
「はーい! まま、おすすめのりょうりだってー!」
とてとてと歩いて厨房に向かう彼女の姿が、本当に可愛くて、見ているだけで癒されるな。あんな良い子を泣かせるだなんて、ベクターは万死に値するぜ!
「おまたせしました! さきに、のみものをどーぞ!」
「おっ、来た来た! くぅ~、キンキンに冷えていやがる! ほら、俺たちの運命的な出会いを祝して、乾杯すっぞ!」
「何が運命よ、バカバカしい……わかったから、そんなジッと見つめないでよ」
「やったぜ。かんぱーい!」
互いのグラスをぶつけ合ってから、俺はビールをグイグイと飲んでいく。やっぱりビールは、この一口目ののど越しが至高だよなぁ……!
「ニーファは酒飲まないのか?」
「あたし、お酒苦手なのよ」
「そうなんか。んじゃ無理に飲む必要はねーぞ」
「どうも。さっきのバカ共は、俺の酒が飲めないのかって偉そうに言ってたから、楽が出来ていいわ」
あー……ベクターならいいそうだな。依頼の後に酒場に行くと、店の子に無理やり飲ませて、飲めない子には同じような態度をしてたっけ。
ちなみに俺には、下っ端が偉そうに酒なんて飲むなと、意味不明なことを言ってたりする。だから、俺にとっては久しぶりの酒ってことになるわけさ。
「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったわね」
「俺か? 俺は骨山骨太郎ってんだ。よろしくな!」
「……随分と変な名前ね。あんたの故郷では、それが普通なの?」
「んなわけねーだろ。どこにそんな奇天烈な名前のやつがいるだよ」
「はぁ!? 自己紹介で嘘をつくバカがどこにいるのよ!?」
「あはははっ! いやぁ、ごめんごめん! ニーファをからかうと、反応が可愛くってつい!」
「シャーッ!」
竜人のはずなのに、まるでネコが威嚇しているみたいな声を出す姿が、あまりにも可愛いんだよなぁ。
出会った時みたいに凛々しいのもいいけど、プリプリ怒っているのが可愛いから、ついからかいたくなる。
「俺はルーンってんだ。よろしくな」
「……本当に?」
「本当だって。嘘だったら、その辺の木の根元に、頭から埋めてもらって構わないぜ?」
「いや、嘘じゃなくても、骨なら埋まってるのが普通だと思うわよ」
う~ん、ごもっともぉ! でも、俺はそんじょそこらのガイコツとは違うから、土の中は俺の居場所じゃないんだよな!
「いやぁ~、それにしてもお互い災難だったな! 揃いも揃って、あんな貧乏くじを引かされるなんて!」
「まったくだわ。はぁ……傭兵から冒険者になって早々に、パーティに入れたと思った矢先がこれだもの。嫌になるわ」
「あれ、ニーファは冒険者になったばかりなのか。それなのにS級のパーティに入るだなんて、強いんだな」
「ふふん、当然よ。あたしは幼い頃から、とっても強いパパとママ……ごほんっ。両親に鍛えられたんだもの。そこらの人間には、負ける気がしないわ」
今、確実にパパとママって言ったよな。それを咄嗟に言い直すとか、可愛いの塊かよ。思わず萌え死ぬかと思ったぞ。
「ていうか、あんた……よく冒険者になれたわよね。あたしみたいな亜人が冒険者になるのは、よくあるみたいだけど、ガイコツがなるだなんて、聞いたことがないわ」
「マジそれな。聞いてくれよ! 聞くも涙、語るも涙の物語があったのよ!」
「へぇ、すごいすごい」
「聞く前から話を終わらせようとしてない??」
「だって興味ないし」
「自分から話を振っておいて、酷くないですかねぇ!?」
「確かにそうだけど、その言い回しを聞いた瞬間に、別に大したことないなこれって思ったら、興味がなくなったのよ」
酷い……ぐすっ。最近の若者は、こんなに薄情なのかい!? お兄さんはとっても悲しいぞっ!
「本当に大変だったんだよ! 冒険者になりたいのに、ギルドに行くと怖がられるわ、魔物が来たって襲ってくるわ!」
「そりゃそうでしょ。至って普通だわ」
「それでも、何度も説明して、説得もして、土下座までして……三ヶ月の奉仕活動を条件に、やっと冒険者になれたんだよ! あれは大変だった……」
「へぇ、ごくろうさま」
「マジで興味ないのな……」
そっけないニーファの態度にがっくりしていると、主人の娘が大きなおぼんに料理を乗せて、俺たちの元にやってきた。
「おまたせしました! おやさいのシチューと、ままおてせいのパンと、ちかくのはたけでとれた、やさいのサラダと、じゅーしーなステーキですっ!」
うおっ、すげえご馳走じゃないか! 見ているだけで、腹と背中がくっつきそうだぜ! 俺にはくっつく腹も背中がないけど!
「いただきます! もぐもぐ……う、うめぇ~!」
「本当においしいわね。こんなおいしいなら、都会でお店を開いたら繁盛しそうだわ」
「さっきは食べてなかったのか?」
「あんな薄汚い連中と、食事をする気が起きなかったのよ。だから、ミルクだけいただいてたわ」
なんていうか、とことんベクターへの評価が低いのな、この子……もし今日のことがなくても、数日後には結局喧嘩別れをしてそうだな。
「話を戻すけどよ。冒険者になれたのはいいけど、誰もパーティを組んでくれなくてさ……気さくな挨拶も考えたのに、効果無し。運よく入ったら地雷でしたとか、まじ災難だぜ」
「気さくって、さっきのみたいな?」
「そうそう! オッス、俺ガイコツ! って感じなんだけど……効果が無くてよ。なんでかねぇ?」
俺としては、堅苦しいよりも気さくな感じで行けば、すぐに組めると思ってたんだけどな……どいつもこいつも、見た目で判断しやがって! 俺は魔物じゃないってのに!
「そういえば、ニーファはどうして冒険者に? それだけ強いなら、傭兵でも普通に食ってけるよな?」
「そうね。でも、私の復讐を果たすには、傭兵だと不都合でね。王家に仕える騎士団か、S級冒険者にならないといけないのよ」
「騎士団……S級……ちなみにだけど、その復讐相手って?」
「別に、あんたにそこまで話す必要は無いんだけど……隠すことでもないし……まあいいか。あたしは、最近巷を騒がせている、黒龍を探しているの」
「黒龍だって!?」
ニーファの口にした言葉に驚いた俺は、思わず勢いよく立ち上がってしまった。
「……? どうしてそんなに驚くの?」
「いやぁ……それがさ。俺も実は、S級パーティを目指していてな。その理由が、ニーファの探している黒龍に会うためなんだ」
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