第38話 沈黙の終焉
沈黙の本体は、切り裂かれたはずの中心からなおも黒い靄を噴き上げていた。
ただ一つ残った赤い瞳がぎらりと光り、声なき囁きが脳裏を叩く。
――終わりではない。
――沈黙は必ず訪れる。
広間の空気が再び重くなり、足元の床が白紙化していく。
崩れたはずの本棚からも黒い紙片が舞い上がり、沈黙の本体へと集まっていった。
「……まだ足掻くつもりか」リィナが冷ややかに吐き捨てる。
だがその青い瞳は鋭く緊張を帯びていた。
蓮は血で濡れた指を握りしめ、苦笑した。
「……しぶといな。まるでブラック企業だ……何度もゾンビみたいに復活してきやがる」
「ゾンビのほうがまだ愛嬌あるけどね!」肩の上のパピルスが軽口を叩く。
沈黙の本体が両腕を広げた。
その動きに合わせて、広間全体が白紙の奔流に呑まれていく。
文字も、兵士も、意志の刻みも、すべて無へと沈めようとする力。
「くっ……!」蓮は膝をつきそうになりながらも、カードを床に叩きつけた。
血の指で震えながら文字を描く。
『立て』
光が生まれる。
兵士が立ち上がる。
だが次の瞬間、白紙化の波に触れて存在が揺らいだ。
リィナも本を抱え、低く呟く。
「……一撃で決めなければならない。奴は時間を与えれば完全に再生する」
「一撃……か」蓮は息を荒げ、血に濡れた唇で笑った。
「だったら三人でやるしかないな」
パピルスが宙を舞い、紙片を広げて光を散らした。
「よっしゃ! ぼくのカウントでいこう!」
リィナは頷き、青い瞳を蓮に向ける。
「合わせろ、蓮」
「おう! 残業のラストスパートだ!」
パピルスの体に文字が浮かぶ。
『3』
『2』
『1』
三人の意志が同時に走った。
蓮のカードに――『抗え』
リィナの本に――『記録を守れ』
パピルスの身体に――『忘れるな』
三つの言葉が光となり、束ねられて一本の刃へと変わる。
沈黙の本体が最後の力を振り絞り、赤い瞳をぎらつかせる。
白紙の奔流が押し寄せ、空間を埋め尽くした。
だが光の刃は迷わずその中心を貫いた。
音はなかった。
だが確かに響くものがあった――三人の「叫び」。
――我らは声。
――我らは記録。
――忘却を拒む意志!
刃が沈黙の本体を切り裂き、赤い瞳が砕け散る。
黒い靄は爆ぜ、広間を埋め尽くしていた白紙が一気に消え去った。
静寂。
本棚に残っていたわずかな本に、文字が戻っていく。
沈黙の本体はもう存在しなかった。
蓮はその場に崩れ落ち、肩で荒い息を吐いた。
「……やっと……終わった……のか……」
リィナが横に膝をつき、彼を支える。
「……そうだ。沈黙の書架は、ひとまず終焉を迎えた」
肩の上のパピルスが両手を広げた。
「やったー! これで残業クリア! ねぇねぇ、ご褒美は?」
「……黙れ」リィナが冷たく言ったが、声には微かな安堵が混じっていた。
その時、広間の奥の壁が音もなく開いた。
黒い通路が現れ、その奥から新たな気配が漂ってくる。
リィナは鋭く睨み、低く呟いた。
「……次の区画か」
蓮は血に濡れたカードを握りしめ、立ち上がった。
「まだ残業続行ってことだな……上等だ」
三人の影が闇の通路へと消えていった。
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