第14話 奪われる記憶
囁きの群れを退け、広間に静寂が戻ったのも束の間だった。
奥の通路から、新たな影がゆっくりと姿を現す。
それはこれまでの影と違って、人の形をはっきりと模していた。
黒い衣をまとい、長い髪を揺らし、冷たい瞳でこちらを見つめる。
――その顔は、リィナにそっくりだった。
「……またかよ。影のリィナ第二ラウンド?」
蓮は顔をしかめた。
だが、今回の影は何も言わなかった。
代わりに周囲の空気が震え、低い囁きが広がっていく。
――忘れろ。
――お前の過去を消してやる。
囁きがリィナの方へと集中した。
彼女の体がびくりと震える。
「……これは……私の記憶を狙っている……!」
青い瞳がわずかに揺れる。
普段は決して見せない、恐怖の色。
影の囁きが強まるたびに、リィナの顔から血の気が失われていった。
彼女は額に手を当て、膝をつく。
「やめろ……やめてくれ……!」
初めて聞く、弱々しいリィナの声。
蓮の胸に冷たいものが走る。
「リィナ!」
駆け寄ろうとしたが、影が黒い壁を立ち上げて蓮の進路を塞いだ。
赤い瞳が嘲笑うように光る。
――彼女の記憶は甘い。
――敗北の痛み、後悔の声、すべて忘れさせてやろう。
「ふざけんな!」
蓮は索引カードを叩きつけ、文字を描いた。
『立て。守れ』
兵士たちが現れ、壁を叩き壊そうとする。
だが、影は彼らの声を奪い取り、次々に霧散させていく。
「……ちくしょう……!」
その間にもリィナの肩が震えていた。
彼女の口から掠れた声が漏れる。
「……私は……何も守れなかった……だから……消えても……」
「黙れぇぇぇっ!」
蓮は叫んだ。
「お前は俺を導いた! 声を繋いだ! それが“守った”ってことだろ!」
影が低く笑い、リィナの頭に黒い霧を注ぎ込もうとする。
蓮は血が滲むほどカードを握りしめ、必死に叫んだ。
「俺は藤堂蓮! そしてお前はリィナだ!
俺は絶対に、お前の記憶を忘れさせない!」
光が爆ぜ、兵士たちが再び立ち上がる。
今度は彼らの胸に刻まれた言葉が輝き、声となって響いた。
――彼女は司書だ。
――彼女は記録を守る者だ。
――彼女の名は、リィナ!
その声が広間を震わせ、黒い壁を粉砕した。
リィナの身体を覆っていた霧が一気に吹き飛ぶ。
彼女は肩で息をしながらも、確かにそこに立っていた。
瞳には涙が光り、だが彼女はすぐに顔を背けた。
「……愚か者。勝手に人の弱さを暴くな」
蓮はにやりと笑った。
「いやいや、俺たち“共犯”だろ? ブラック図書館の残業仲間なんだから」
リィナは答えず、ただ本を強く抱きしめた。
その奥の通路から、さらに重い気配が滲み出していた。
忘却の闇は、まだ終わらない。
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