第3話 司書リィナ

 黒い影が霧散し、広間に再び静寂が落ちた。

 藤堂蓮はその場にへたり込み、喉の奥まで乾いているのに息がうまく入らない。


「……な、なんだ今の……召喚バトルRPGかよ……」


 弱々しい軽口を吐きながらも、全身が震えている。

 そんな蓮を見下ろす少女は、表情ひとつ動かさなかった。


 銀髪に青い瞳。氷の彫像のような美貌。

 だが、声は冷たい刃物のように鋭い。


「……情けないな」


「……は?」


「影喰い一体に振り回されるとは。やはり素人は素人だ」


「素人って……こっち来たばっかだぞ俺!」


 思わず言い返すが、少女はぴくりとも動かない。

 ただ、本を軽く抱え直して名を告げた。


「私はリィナ。この図書館に縛られた“司書”だ」


「……司書?」


「お前は“管理者候補”。索引を作り、知識を繋ぎ、影に抗う役目を持つ」


 蓮は目を瞬かせた。

 管理者? 候補? 何それ面接?


「ちょっと待て。俺、そんな志望動機とか書いた覚えないんだけど」


「黙れ。選ばれたのだ。理由はどうでもいい」


 冷たく突き放す声に、蓮の胸がずしりと重くなる。

 だがリィナは視線を逸らさず、ただ静かに言い放った。


「影喰いは“忘却”そのもの。人々が記憶を失うたびに増え、力を得る。

 ここで抗えなければ、お前もいずれ影に呑まれる」


 その言葉に、蓮の背筋が凍った。

 先ほどの影の赤い瞳が、再び脳裏に焼き付く。


「……マジで、ブラック図書館じゃん……」


「冗談を言っていられるうちはまだマシだ」

 リィナの目がわずかに揺れた。

 冷たい氷の奥に、見え隠れする何か。


「だが覚えておけ。お前が選んだわけではない。

 ――ここで生き残れるかどうか、それだけが問われている」


 蓮は索引カードを握りしめ、無意識に答えた。


「……やるしかない、ってことだな」


 リィナは一瞬黙り、そして小さく吐息を漏らした。


「……愚か者」


 その声には、氷の奥にわずかな熱が宿っていた。

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